総額900億円超の海底送電ケーブル、ハリポタファンの電話攻勢で「ドビーの墓」を避けて敷設されていた
映画で死んだ架空の妖精の「墓」と、900億円超のインフラ計画。ぶつかったら普通は後者が勝ちそうなものですが、英国で起きたのは逆でした。
ウェールズ南西部ペンブルックシャーにあるフレッシュウォーター・ウェストという海岸に、ハリー・ポッターの屋敷しもべ妖精ドビーの墓があります。2010年公開の『ハリー・ポッターと死の秘宝 PART1』で、ドビーが息を引き取る場面が撮影された場所です。映画の公開後、ファンが石を積んで墓をつくり、以来ずっと追悼に訪れる人が絶えません。
問題のケーブルは、ガチのインフラだった
ルート上に墓が乗っていたのは「グリーンリンク」。アイルランド南東部ウェックスフォード州と、ウェールズのペンブルック変電所を結ぶ海底送電ケーブルです。総事業費は4億3000万ポンド、日本円にしておよそ915億円から925億円。容量は500メガワットで、およそ38万世帯分の電力に相当します。
全長は約200キロ、うち160キロが海の下。2022年1月に着工し、2025年に運転を開始しました。アイルランドが余った再生可能エネルギーを英国へ送ったり、逆に電力を輸入したりできるようにするための、真面目な国際インフラです。
「架空のキャラクターの墓ですよ」で済まなかった
計画がBBCで報じられると、事業を率いるサイモン・ラッドラム氏のもとにファンからの電話が数百件かかってきます。ラッドラム氏は当初、架空の物語に出てくる架空のキャラクターの墓だという受け止めだったようですが、同僚から「みんな本気だ」と諭され、ルートの変更に取りかかりました。
この話が今になって広まっているのは、ラッドラム氏がエネルギー業界のポッドキャスト「Energy Revolution」で当時の経緯を語り、それを英ガーディアンが8月10日に記事にしたからです。工事はとっくに終わっていて、出てきたのは完成後の裏話でした。
ラッドラム氏によれば、新ルートは「青銅器時代の遺跡のかなり近く」を通ることになったものの、ドビーの墓は避けられたとのこと。この遺跡は約3700年前の埋葬地とみられています。実在した人々の墓のほうへ寄せて、2010年の映画で死んだ妖精の墓を守った形です。何とも言えない優先順位ですが、誰も損はしていない。
石は世界中から集まっている
現地に暮らす20歳のジャック・ニコラス氏によると、積まれた石にはイタリア、オーストラリア、南アフリカなど各国から持ち込まれたものが混ざっているそうです。ロケ地を訪れた人が、それぞれの国の石をひとつ置いて帰る。15年かけて、そうやって世界地図みたいな石積みができあがりました。
送電ケーブルの計画者からすれば「石が積んであるだけの砂浜」でも、そこに何百人分の旅程が積み上がっていると知れば話は変わってきます。数百件の電話は、その厚みが電話線を通って届いた結果でした。
海の下を通る電気は、たぶん今日も何ごともなくアイルランドとウェールズを行き来しています。少しだけ遠回りをして。