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「古事記にもそう書かれている」とは?ニンジャスレイヤー発の“ウソ出典”ネタと、実際の古事記に書いてあること

古事記にもそう書かれている(こじきにもそうかかれている) ・ 2026年8月25日 公開

「金曜の夜は無条件で外食していい。古事記にもそう書かれている」。こういう文がタイムラインに流れてきたとき、慌てて古事記を確認する必要はありません。書かれていないからです。

「古事記にもそう書かれている」とは?

何の根拠もない持論や、その界隈でしか通じないローカルルールに、実在する古典の名前を出典として貼り付けて言い切るネタ表現です。日本最古級の歴史書という重みを1行で借りてきて、無茶な主張をそれっぽく見せる。もちろん言っている側も本気ではなく、読む側も嘘と分かったうえでノるのが作法になっています。

似た役割の言葉に民明書房がありますが、向きが逆です。民明書房のほうは架空の出版社を出典に立てるので、名前が出た時点で「これは嘘です」という合図になる。古事記のほうは実在する本なので、一瞬だけ本当っぽく聞こえてから嘘だと分かる。この0.5秒のズレが笑いになる仕掛けです。

言い回しには揺れがあって、「古事記にもそう書いてある」「古事記にも書いてある」も同じ意味で使われます。どれも意味は変わりません。

ソースを求められたときの返しとしても使われますが、これは根拠を出しているようで何も出していない返答です。逆に知らんけどは根拠が無いことを自分から明かして責任を外す言い方なので、権威を足して押し切るこちらとはちょうど反対の構えになります。

元ネタ・由来

出典はX(Twitter)連載小説『ニンジャスレイヤー』です。作品の成り立ちや連載の形式はアイエエエのほうにまとめてあるので、ここではこのフレーズに絞ります。

確認できる範囲で最も古い用例のひとつが、2011年9月29日の連載回です。

ニンジャスレイヤーとダークニンジャが向かい合い、殺し合ってきた敵同士なのにきっちりアイサツを交わす場面。そこに「ニンジャのイクサにおいてアイサツは絶対の礼儀だ。古事記にもそう書かれている」という一文が入ります。読者が最初に引っかかるのはここで、いま完全に架空の礼儀作法を説明した直後に、実在の古典が根拠として出てきている。

作中のアイサツはかなり細かく決まっていて、ニンジャ同士は戦う前に名乗り合わなければならず、アイサツより前の不意打ち(アンブッシュ)は一度だけ認められ、アイサツの最中に攻撃するのはシツレイの極致で仲間からムラハチにされる、といった具合です。この手のローカルルールが出てくるたびに「古事記にもそう書かれている」が付いてくるので、フレーズのほうも繰り返し読者の目に入りました。作中の古事記はアイサツやオジギの作法の根拠として何度も引かれる書物で、役割としては民明書房にかなり近いところにいます。

このフレーズは今も現役で、2022年5月の回では「イクサに臨むニンジャにとって、アイサツは神聖不可侵の掟だ。古事記にもそう書かれている」、2023年12月の回でも「アイサツをされれば返さねばならない。古事記にもそう書かれている」と、同じ形で出てきます。10年以上たっても言い回しが変わっていません。

なお、このフレーズが作中のどのエピソードで最初に使われたかについては、確定的な記録が見当たりません。連載の総量が膨大で、初期のツイートを1本ずつ追える資料が公開されていないためです。

作品の外に出た形跡ははっきり残っていて、ねとらぼは2014年7月4日の記事で見出しをそのまま「『ニンジャスレイヤー フロムアニメイシヨン』は2015年公開 古事記にもそう書かれている」としています。2024年7月には4Gamerのゲーム記事でも「凄惨な殺し合いの最中でもアイサツは実際大事。古事記にもそう書かれている」と地の文に使われました。原作を読んでいなくても意味が通る形をしているので、こうやってメディアの見出しにまで漏れ出していったわけです。

実際の古事記には書いてあるのか

書いてありません。理由は単純で、時代がまるで合わないからです。古事記が編まれたのは712年(和銅5年)。一方で忍者が活動したとされるのは戦国から江戸にかけての時代なので、800年以上あとの職業について書けるはずがない。アイサツの作法も、ニンジャのイクサも、当然どこにも出てきません。

では本物の古事記に何が書いてあるかというと、上・中・下の三巻構成で、上巻はイザナギとイザナミの国生みから天照大御神、因幡の白兎、大国主の国譲りまで。中巻から下巻は天皇の代ごとの記録に移り、女装して熊襲建に近づくヤマトタケルの遠征譚もこちらに入っています。ソシャゲやアニメで神様や英雄の名前を覚えて、原典を確かめに来る人も多いはずですが、探してもニンジャは出てきません。

このスラングを職業的に受け止めている人もいます。

東京・神楽坂の赤城神社(牛込総鎮守)の広報アカウントが2025年3月に投稿したもので、「明らかなネタ以外本当に書かれているか検証する神職」という自己申告です。ネタが広まりすぎると、本職が毎回原典を引かされる側に回るという話で、この一言だけでフレーズの浸透具合が分かります。

逆に、造語だと思われていた言葉が本当に古典に載っていた、という反対パターンもあります。ちいかわの「ひとりごつ」が枕草子にも出てくる古語だった話がそれで、こちらは疑われた側が本物でした。出典を確かめる作業は、たまにこういう当たりを引きます。

使い方・例文

自分の願望や偏った持論を、それらしく断言したいときに文末へ付けます。付ける対象がしょうもなければしょうもないほど、落差で笑いになります。

  • 「バイト終わりのコンビニアイスは経費で落ちる。古事記にもそう書かれている」
  • 「推しの誕生日は祝日。古事記にもそう書いてある」
  • 「カレーは翌日のほうがうまい。古事記にもそう書かれている」
  • 「一人暮らしの洗濯物は乾くまで部屋に干しっぱなしでいい。古事記にも書いてある」

言われた側は、まともに反論せずに乗っかるのが無難です。「何ページに書いてある?」と原典を聞き返してみる、「古事記にはそう書いてあるが日本書紀では否定されている」と別の古典を持ち出して被せる、あたりが返しやすい。ここで真顔で「古事記にそんな記述はありません」と返すと、それはそれでマジレスとして面白がられます。

注意点がひとつあって、本当に古典に載っている話にこのフレーズを付けると、事実のほうまでネタ扱いされて伝わりません。言葉の意味や出典を真面目に確かめる場面では素直に辞書や原典を出したほうがいい。「ご遠慮ください」の意味を辞書で引き直した話のように、引いてみたら想像と違ったというのは普通に起こります。

関連する言葉

対になるのは民明書房です。存在しない本を出典にするか、存在する本を勝手に出典にするか。嘘の付き方が正反対なのに、着地するのは同じ「その解説は嘘です」という合図になります。

同じ『ニンジャスレイヤー』から出た言葉としてはアイエエエアッハイが代表格です。悲鳴、生返事、ウソ出典と、作品外に出ていったのがどれも決め台詞ではなく地の文や脇の反応だったのが面白いところ。

根拠の扱い方という軸で見ると、ソースを求める側と知らんけどで最初から根拠を放棄する側の、ちょうど真ん中にある言葉です。根拠が無いのに堂々と出典を名乗る、という一番ずうずうしい位置に立っています。議論の場で相手の根拠を崩すそれってあなたの感想ですよねとは、権威の使い方がきれいに逆になります。