「ご遠慮ください」「お控えください」はNGの意味? 辞書を引くと“控えめにする”も並んでいた
「ご遠慮ください」や「お控えください」は、要するに「やらないでください」という意味である。それが通じない人がいるらしい、という話が数日前からXに流れています。8月19日には声優の諏訪部順一が乗って、8万を超えるいいねが付きました。
「どちらも『NG』という意味なんですけどね」という一文に、そうだそうだという声がぶら下がる一方で、「じゃあ最初から禁止と書けばいいのでは」という返しも同じくらい並んでいます。話がここまで伸びたのは、どちらの言い分にも一理あるからだと思います。
辞書を引くと、両方の意味が載っている
まず「控える」のほうから見てみます。デジタル大辞泉には「自制や配慮をして、それをやめておく。見合わせる」(例:外出を控える、発言を控える)という語義があります。ここまでは「NG」派の言うとおりです。
ところが同じ辞書の別の項目に「度を越さないように、分量・度数などを少なめにおさえる。節制する」(例:酒を控える)も載っています。精選版 日本国語大辞典でも「内輪にする。節制する」と「見合わせる。やめにしておく」が別々に立っています。
つまり「お控えください」を「量を減らしてください」と読む人が出てくるのは、辞書の語義の片方を素直に拾った結果でもあるわけです。「酒を控える」が禁酒を意味しないのと同じ読み方をしている、と言えばわかりやすいかもしれません。
「遠慮」のほうも似た構造です。デジタル大辞泉では「人に対して、言葉や行動を慎み控えること」が1番目、「辞退すること。また、ある場所から引き下がること」が2番目。1番目だけを見れば「控えめに」、2番目まで読めば「しない」になります。掲示や案内文が想定しているのは2番目のほうですが、字面はどちらとも取れる状態のまま置かれている。
そもそも「遠慮」は「遠い先まで考える」だった
もうひとつ辞書を読み進めると、「遠慮」には「遠い将来のことを思慮に入れて、考えをめぐらすこと」という語義もあります。こちらが本来の意味です。
出典は論語の衛霊公篇にある「人無遠慮、必有近憂」で、先々のことを考えておかないと近いうちに困りごとが起きる、という一節です。ここでの遠慮は「遠き慮り」、つまり長期的な見通しのこと。気兼ねや辞退の意味はどこにもありません。
日本に入ってから「他人に対して身を慎む」「辞退する」の側へ意味が移り、いま案内文で使われている「遠慮」はその末端にあたります。もとの意味からすでに一度大きく動いている言葉なので、いま現在も揺れていること自体は、そんなに珍しい話ではないのかもしれません。
江戸時代の「遠慮」は、夜のこっそり外出が黙認されていた
そして一番おもしろいのがここです。江戸時代の「遠慮」は、武士や僧に科された軽い謹慎刑の名前でもありました。
刑罰なのに「夜こっそりならセーフ」だったわけです。禁止と言いながら運用はゆるい、という構造が「遠慮」という語には江戸の時点で入っている。いま「ご遠慮ください」の受け取り方で意見が割れているのを見ると、この言葉はずっとこういう性格だったんだな、という気持ちになります。
反応は「読めないほうが問題」と「書き方のほうが問題」で割れた
Xの反応も、きれいに二手に分かれました。
「公共の場のアナウンスで嫌でも耳にする言い回しだし、大人ならわかる」「うちの子に聞いたら『やっちゃダメって意味』と即答した」というのが一方。もう一方は「わかりづらい表現なのは事実」「禁止なら禁止と書けばいい」「うちの会社では注意書きにこの言い回しを使わないようにしている」というもので、実務として言い換えている現場もあるようです。
「そもそもこの手の婉曲表現は、自分が悪者になりたくないから相手に判断を委ねた形にしたもの。委ねた相手が自分の意に沿わない判断をしたことに怒るのは筋が違う」という指摘も伸びていました。言われてみると、「ご遠慮ください」は主語が読み手側になっていて、書き手は禁止したと言い切っていません。
言葉が悪いのか、読み手が悪いのか。辞書はどちらの読みも許してしまっているので、決着はつかなそうです。掲示を出す側としては、絶対にやってほしくないことは「禁止」と書く、というのが一番速い、という話ではあります。