米粉パン用の新品種「ゆきふわり」、東北中南部向けは初 グルテンなしでもちゃんと膨らむ
グルテンフリーの米粉パンを一度でも焼いたことがある人なら、あの断面を知っていると思う。中に大きな空洞がぼこぼこ空いて、上面がへこんで、そもそも膨らみきらない。小麦のグルテンが担っていた「ガスを抱え込む骨組み」が無いのだから当然で、市販の米粉パンミックスに増粘剤が入っていることが多いのも、そこを補うためだ。
2026年9月8日、農研機構が米粉パン用の新品種を発表した。名前は「ゆきふわり」。同じ日の14時16分に農林水産省の公式アカウントが紹介して、いいねは3,000を超えた。
投稿には「『ゆきふわり』で作った米粉パンは、ノングルテンでふんわりと膨らみ、柔らかさが長続き🍞」とある。ただ、話の中身は添えられた1枚の画像でほぼ決着していた。
添付画像の断面比較が、そのまま証拠になっている
画像は米粉100%パンの断面を2枚並べたもの。左が「ゆきふわり」で、右が「コシヒカリ」。
右のコシヒカリは、冒頭に書いたあの状態そのものだった。生地の中に大きな空洞がいくつも走っていて、上面がへこんでいる。対する左のゆきふわりは、きめが細かくて気泡の大きさがそろっている。同じ増粘剤なしの条件で、同じ米粉100%で焼いて、この差になる。
農研機構のプレスリリースは数字でも書いている。米粉100%パン(増粘剤無添加のグルテンフリー米粉パン)の比容積は「『コシヒカリ』より明らかに高く、『笑みたわわ』、『ミズホチカラ』と同等です」。比容積というのは同じ重さの生地がどれだけの体積に膨らんだかの指標で、要するにふくらみ具合のことだ。しかも「製パン後、時間が経過しても『笑みたわわ』、『ミズホチカラ』、『コシヒカリ』のパンよりも柔らかい傾向があります」とある。焼き立てだけでなく、置いたあとも硬くなりにくい。
米どころの東北に、パン用の米粉品種が無かった
ここで引っかかる人がいると思う。パン用の米粉品種って、もうあるのでは?
ある。文中に出てきた「笑みたわわ」と「ミズホチカラ」がそれで、どちらも米粉パンにするための品種だ。ただしこの2つは主に関東以西が栽培適地で、東北中南部に合う専用品種がこれまで無かった。日本有数の米どころなのに、米粉パン向けの札だけが空いていた状態だ。今回のゆきふわりが「東北中南部向け初」と言われているのはそういう意味で、日本で初めての米粉パン用品種という話ではない。
その空白を埋める必要が出てきた理由は、需要と供給の両方にある。米粉用米の需要量は2009年に5千トンだったのが、2025年には6万トンまで伸びた。16年で12倍だ。ところが作るほうは逆に減っている。主食用米が足りない状況が続いて主食用米の作付けが増えた分、米粉用米にまわる田んぼが減ったからで、農研機構は「2026年は需要に対して3万トンの不足が見込まれています。」と書いている。需要が伸びる一方で田んぼが主食用に取られていく以上、米粉用米を作れる場所と量そのものを増やさないと追いつかない、というのが開発の出発点だった。
ひとめぼれより2割多く採れて、寒さにも倒伏にも強い
農家の側から見た数字も揃っている。玄米収量は「『ふくひびき』より約7%、『ひとめぼれ』と比べると20%以上多収です。」。同じ面積で2割増しなら、米粉用の安い価格帯でも作付けを検討する余地が出てくる。
収穫の時期もほとんどずれない。育成地の秋田県大仙市では、ひとめぼれと比べて出穂期が2日ほど早く、成熟期は2日ほど遅い。既存の作業カレンダーの中に入れやすい位置にいる。
東北向けの品種として大事なのが耐冷性で、これは「ふくひびき」より明らかに強い「やや強」。耐倒伏性も強く、肥料を多く効かせた条件でもほとんど倒れないという。多収を狙って肥料を増やすと倒れるのが稲の定番の悩みなので、そこを踏み込めるのは大きい。
血筋もたどれる。「北海302号」(のちの「ゆきさやか」)に「ふくひびき」を1回戻し交配した「羽系1870」に、さらに「ふくひびき」を交配して育成された。多収の「ふくひびき」を2回かけている形だ。
いいことばかりでもない。穂発芽性が「やや易」なので適期に刈り取る必要があるし、葉いもち病の圃場抵抗性は「やや弱」、イネ縞葉枯病には罹病性だとはっきり書かれている。作る側にはそれなりの注意が要る品種でもある。
名前は「雪のように白く、ふわりとしたパン」から
由来がそのまますぎて笑ってしまった。農研機構の説明は「雪のように白く、ふわりとしたパンをイメージして命名しました。」。ゆき+ふわりで、そのまま焼き上がりの見た目と食感になっている。
米の品種名は「ひとめぼれ」「あきたこまち」のように米そのものや産地から取ることが多いけれど、これは最終形のパンから名前を付けている。米粉パン専用に作られた品種だと名前だけで分かるようになっているわけだ。
試作は学校給食のコッペパンから始まっている
もう食べた人がいる。宮城県学校給食会がゆきふわりでコッペパンを試作していて、農研機構によると「従来の『ひとめぼれ』より膨らみが良い等、製造の各段階において良好な評価が得られており、味も良好でした。」。給食のコッペパンは1日に何千個も同じ品質で焼く世界なので、そこで各段階の評価が取れているのは実用に近い話だ。
宮城県大崎市のパン工房でも試作が行われている。米粉100%のパンで、商品名は「ごはんパン」。こちらはミズホチカラを使ったパンより柔らかさが長く続く傾向だったという。プレスリリースの数字と、現場で焼いた実感が同じ方向を向いている。
まだ店には並んでいない
期待させておいて申し訳ないけれど、今日パン屋に走っても「ゆきふわり」は無い。品種登録も済んでおらず、出願番号 第38230号で出願中の段階だ(令和7年10月10日出願、令和8年3月2日出願公表)。
動き出してはいる。全農が2026年度から宮城県で種子生産と米粉パン用米の生産を始めていて、そこで採れた米は全農・JAを介して流通する予定になっている。パンの棚に載るのはその先だ。
米粉パンは、小麦アレルギーの人にとっては選択肢そのものだし、輸入小麦の値段が動くたびに話題に出る分野でもある。それが「増粘剤を入れないと膨らまない」ところで長く止まっていた。今回の断面写真は、その足かせが品種のほうから外れつつあることを一枚で見せている。数年後に東北のパン屋で「県産ゆきふわり100%」みたいな札を見かけたら、あの穴だらけの断面の話を思い出してほしい。