← 一覧へ 暮らし

京都の義母に「綺麗に食べてくれはって猫みたい」と言われ震える人、実は素直な褒め言葉だった説

2026年8月19日 ・ トレンド「京都 猫みたい 綺麗に食べる 褒め言葉 ねこまたぎ」より

京都の言い回しには裏があるらしい、という話は全国区の共通認識になっています。ぶぶ漬けの都市伝説があまりに有名なせいで、京都で褒められると逆に身構えてしまう人も多いはず。8月18日、まさにその状態に陥った投稿が11万いいねを超えました。

義母が焼いてくれた魚がおいしくて、素直に喜んで食べた。そうしたら返ってきたのが「ほんま綺麗に食べてくれはって猫みたい」。締めの一言が「京都こわい」で、読んだ側も一緒に固まる構成になっています。

「猫みたい」は褒めているのか、そうでないのか

投稿への反応は、まず「言い回しが不穏すぎる」という笑いから始まりました。動物にたとえられている時点で何かありそう、というわけです。

ところがリプ欄の空気が途中から変わります。京都に縁のある人たちから、これは普通の褒め言葉だという指摘が相次いだのです。

「京都の祖母もよく言ってました」「祖母やおばさま方がよく使っていた」という声が複数あり、いずれも意味は同じでした。猫は犬のようにガツガツいかず、身を口先で外して食べるので、上品にきれいに食べきることの比喩になっているという説明です。

「ねこまたぎ」という同じ構造の言葉がある

この言い回しの裏付けになりそうな言葉が、実は辞書に載っています。「ねこまたぎ」です。

もともとは「魚好きの猫でもまたいで通り過ぎるほど、まずい魚」という意味で、北海道や東北ではこちらの用法が主流です。ところが同じ言葉に、まったく逆の意味も存在します。「猫が食べるところを残さないほど、きれいに食べ尽くされた魚(の骨)」という意味で、こちらは関西を中心に使われてきました。広辞苑には後年になってこの語釈が追加されたと紹介する記事もあり、コトバンクにも両方の意味が併記されています。

つまり「猫」を持ち出して魚の食べ方を評する言い回しは、地域によって最大級の侮辱にも最大級の賛辞にもなる。同じ言葉で真逆に転ぶ、というだけで十分こわいのですが、少なくとも関西の文脈では褒めているほうに寄る、ということになります。

疑ってしまうのはイメージのせい

もっとも、投稿者を責めるのは酷です。京都の言い回しには裏がある、という前提が全国的に共有されすぎているせいで、素直な褒め言葉まで暗号として解読されてしまう。今回の投稿は、その現象そのものを笑っている構図でした。

反応にも「これが褒め言葉だと分かる安心感」という声と、「いや、それでも一瞬固まる気持ちは分かる」という声が両方あり、意見はきれいに割れています。実際のところ義母がどちらの意味で言ったのかは本人にしか分かりませんが、焼き魚をおいしいと言って完食した相手にわざわざ嫌味を言う理由も、まあ、なさそうです。

そもそも骨だけ残してきれいに食べるのは、東京や横浜でも「ねこまたぎだね」と言われた記憶がある人がいるくらい、広く褒められてきた作法です。京都で言われたときだけ怖くなるのは、たぶん言葉の問題ではありません。京都のイメージが強すぎるだけです。