「青峰ミーム」とは?泣く青峰の元ネタは黒子のバスケ3期74話
強面の男が観客席でボロボロ泣いている画像に、「〜なのかよ……」とどうでもいい気づきが添えてある。あれが 「青峰ミーム」 です。泣いているのは『黒子のバスケ』の青峰大輝で、元のシーンはかなり真面目な名場面でした。
「青峰ミーム」とは?
青峰ミームは、涙を流す青峰の画像に、ささいな発見への大げさな感動を一言添える大喜利です。「泣く青峰」とも呼ばれます。
添える文は「〜だったのかよ」「〜なのかよ」の形がほとんどです。中身は「このアイス、フタの裏にも味ついてたのかよ」くらいの小さい話のほうがウケます。泣き顔が本気であればあるほど、気づきのしょうもなさが引き立つからです。
添える文が毎回違うので文字では検索しにくく、キャラ名をそのまま付けた「青峰ミーム」「泣く青峰」という総称で呼ばれるようになりました。ニコニコ大百科もこの事情を説明しています。
元ネタ・由来
元ネタは、藤巻忠俊の漫画『黒子のバスケ』第270Q「お前だったんじゃねーか」です。アニメでは第3期の第74Qが同じサブタイトルで、MBSで2015年6月20日の深夜、TOKYO MXでは6月23日に放送されました。青峰の声は諏訪部順一です。
場面はウインターカップ決勝、誠凛対洛山。青峰は選手ではなく観客席にいます。
火神が仲間と連動して、ゾーンのさらに奥にある「扉」を開ける。それを見た青峰は、扉の前に立っていたのは門番ではなく、かつての相棒の黒子(テツ)だったと気づきます。そこで「お前だったんじゃねーか テツ」とつぶやいて涙を流す、というのがあのカットです。
本来は、中学時代に黒子と決別した青峰が、黒子のバスケを認める大事な場面でした。放送当時は素直な感動シーンとして受け止められていました。それが10年後、いつもふてぶてしい青峰が本気で男泣きしているギャップに目をつけられ、どんな話にでも当てはめられる大喜利の型になったわけです。
2025年春にXで流行
大流行したのは2025年の春です。ニコニコ大百科によると2025年4月ごろからXで使われ始め、5月に入ると元ネタを解説するまとめ記事が出るほど広まりました。アニメの放送から10年近くたってからのリバイバルでした。
最初にこの形で投稿した人については、確定的な記録は残っていません。いろんな人が同時に貼り始めて、気づいたら型になっていたタイプのミームです。
英語圏でも泣く青峰のGIFは出回っていて、こちらは「it’s so peak(最高すぎる)」という添え字で使われることが多いです。Tenorや TikTok で「aomine crying」「aomine peak」と検索すると大量に出てきます。
ルビィとの合体
青峰ミームを調べると、なぜか『ラブライブ!サンシャイン!!』の黒澤ルビィがセットで出てきます。
先にTikTokで流行っていたのは、ラブライブ!シリーズの越境ユニットAiScReamの曲「愛♡スクリ〜ム!」のサビでした。「ルビィちゃーん?」「はーい!」「なにが好き?」と掛け合いが続いて、「チョコミントよりもあ・な・た」で締めるあの部分です。
そこに「青峰がルビィ推しのオタクになって、ライブで泣いている」という二次創作が生まれました。泣き顔の理由がルビィへの感動に差し替えられたことで、2つのミームが一緒に扱われるようになったとされます。ただ、最初の投稿と日付ははっきりしていません。
作者の藤巻忠俊もネタにした
2026年4月28日には、作者の藤巻忠俊本人がXにキセキの世代の描き下ろし漫画を投稿しました。いいねは5万5,220ついています。
話の中心は「GIGAのシール」の3枠です。残り1枠がなぜ青峰なのかと黄瀬が騒ぐと、紫原が「ちょっと前泣き顔やたらイジられてたからそれじゃない?」と返します。赤司は「オレもなぜオレじゃないのか全く理解できない」と納得していません。
つまり作者公認で「泣き顔イジりのおかげで枠を取った」ことにされたわけです。藤巻は、シールにならなかったキャラクターも今後描きたいと書き添えています。
使い方・例文
- 「(泣く青峰の画像)冷凍うどんってレンジだけでいけたのかよ……」
- 「(泣く青峰の画像)乗り換えアプリの『出口に近い車両』ってこういう意味だったのかよ……」
- 「毎日通ってた道に公園あったの、今知った。青峰ミームの顔してる」
画像とセットが基本ですが、最後の例のように「青峰の顔になった」と言葉だけで使う人もいます。
関連する言葉
画像にお題を当てはめて一言添える遊びなので、分類としては大喜利です。漫画の決め台詞を別の場面に流用するという点では、医療漫画のセリフを借りるK2構文に近い仲間になります。
アニメ作品の公式素材が、本来の意図と関係なく大喜利のテンプレになった例としてはダークマイト構文もあります。あちらは映画のあらすじ文、こちらは名場面の泣き顔と、借りている素材がまったく違うのが面白いところです。