宮城県高野連の野球用語見直し、「死球→当球」「盗塁→隙あり」はまだ決まった案ではない
8月19日、宮城県高校野球連盟が野球用語の見直しを検討しているという話がSNSで一気に広がりました。きっかけは昼の情報番組で取り上げられたことで、画面には「死球→当球」「犠打→貢献バント」「盗塁→隙あり」という言い換え案が並んでいました。
画像を貼った投稿には1900件を超えるリプライがつき、「言葉狩りでは」という反応や、「盗塁王が隙あり王になるのか」というツッコミが回っています。ただ、報道をたどっていくと、この3つが宮城県高野連の決定案だと確認できる材料は見当たりませんでした。
決まっているのは「委員会をつくる」ところまで
もとの発表は7月9日です。日本経済新聞は同日付で、宮城県高野連が「殺」「刺」「死」「盗」「犠」などの文字を含む野球用語について、今秋にも検討委員会を設置すると報じています。
委員会は県高野連の松本嘉次理事長ら約10人で構成され、国語教師や報道関係者も加わる予定。結論は来春、各校の指導者に伝えるとされています。松本理事長は「教育現場にふさわしい言葉に変えていけたら」とコメントしています。
つまり、何をどう言い換えるかはこれから話し合う段階で、代案が固まっているわけではありません。「当球」「貢献バント」「隙あり」がどこから出てきたのかというと、番組の画面には出典としてスポーツ紙の名前と「先月11日」の日付が入っていました。7月9日の発表を伝えた日経の記事に、具体的な代替案は載っていません。
野球用語の言い換えは1943年にもやっている
この手の話は今回が初めてではありません。太平洋戦争中の1943年3月2日、日本野球連盟は英語由来の野球用語をまとめて日本語に置き換えています。
軍の情報部が野球連盟の幹部に日本語化を求めたのが発端で、連盟側は短期間で全用語を訳し、1943年のシーズンは4月3日に開幕しました。このときは選手が戦闘帽をかぶり、隠し球が卑怯だという理由で禁止されるところまでいっています。
サッカーにも似た例があります。延長戦の決着方式は「サドンデス」と呼ばれていたものが「Vゴール」に改められました。語感がきついという理由です。自分のチームのゴールに入れてしまうプレーも、かつての物騒な漢語の呼び名から「オウンゴール」に置き換わっています。今回の宮城県高野連の話も、この系譜に並べて見るとそこまで突飛ではありません。
「正岡子規の訳語を壊すな」は半分だけ当たっている
拡散のなかでよく見かけたのが「明治時代に正岡子規が訳した言葉を壊すのか」という反応です。ここは少し整理が必要でした。
子規が野球にのめり込み、1896年に新聞「日本」の随筆「松蘿玉液」で野球のルールを詳しく紹介したのは事実です。野球殿堂博物館も、子規が訳語をつくって野球の普及に貢献したとして2002年に殿堂入りさせています。子規の訳語として挙げられているのは「打者」「走者」「四球」「直球」「飛球」あたりです。
いっぽう「ベースボール」を「野球」と訳したのは子規ではなく中馬庚とされています。そして今回やり玉に挙がっている「死球」と「盗塁」については、子規の訳語だと確認できる記述が見つかりませんでした。「子規の言葉を壊すな」という主張は、そもそも守ろうとしている語が子規のものかどうかからして怪しいわけです。
ざわつきどころは「教育的配慮」か「言葉狩り」か
反応はきれいに割れています。物騒な字が並ぶより穏当な言葉のほうがいいという声と、競技の緊迫感が消えるし現場が混乱するという声。「宮城だけ変えたら県外との試合や公式記録はどうするのか」という実務面のツッコミも目立ちます。
一方で、1943年の例が示すとおり、野球用語は一度まるごと入れ替えても結局もとに戻っています。今回の検討がどこまで実際の呼び方を動かすのかは、来春の結論を待つしかなさそうです。
「一死」は何になるのか。答えが出るのは2027年の春です。