日本初の鎧竜に名前がついた、夕張の頭骨は「ニッポノペルタ・エゾエンシス」に
北海道夕張市から出た鎧竜(よろいりゅう)の化石に、ついに学名がついた。8月21日、新属新種「ニッポノペルタ・エゾエンシス(Nipponopelta yezoensis)」として記載する論文がオンラインで公開され、恐竜クラスタがざわついている。
日本で見つかった鎧竜の仲間で、属名と種小名まで決まったのはこれが初めてになる。
写真は恐竜のお兄さんこと加藤ひろしさんが恐竜博2023で撮影したホロタイプ標本の実物だ。名前がつく前から、この頭骨は各地の恐竜展を巡っていた。
「日本の盾」+「蝦夷」
属名の Nipponopelta は「日本(Nippon)」とギリシャ語の「盾(pelta)」を合わせたもので、そのまま日本の盾。種小名の yezoensis は産地である北海道の古称、蝦夷(えぞ)から取られている。日本語のカナ表記は「ニッポノペルタ・エゾエンシス」が主流だが、「イェゾエンシス」と書く人もいて、発表直後の今はまだ揺れている。
鎧竜と聞いてまず浮かぶのは、尻尾の先にハンマーがついたアンキロサウルスだろう。ニッポノペルタが属するノドサウルス科はその親戚で、こちらは尻尾のハンマーを持たず、代わりに肩や首まわりにトゲを生やしているグループだ。全長は約5メートルと推定されている。
首長竜を探していたら鎧竜が出た
面白いのは、この化石がたどってきた道のりのほうかもしれない。
夕張のノドサウルス類をまとめた資料によると、化石が見つかったのは1995年。アンモナイトを集めていた収集家が、首長竜の頭骨を探して海の地層を掘っていて掘り当てたという。当初は狙いどおり首長竜のものと思われたが、調べていくうちに陸の恐竜、それも鎧竜の頭骨だと分かった。
翌1996年に新聞で報じられ、日本古生物学会でも発表。三笠市立博物館に収蔵され、2005年には早川浩司さんらの手で標本としてきちんと報告されている。ただ、この時点では「ノドサウルス科の一種」までしか決まらず、属も種も宙に浮いたままだった。
そこから20年あまり。今回の論文は頭骨をCTで三次元的に復元し直し、後頭部にほかのどの鎧竜とも違う特徴があることを突き止めて、ようやく新属新種の判断に至った。地層から出てきてから31年目の命名になる。
親戚は北米とヨーロッパにいた
系統を調べた結果も意外だった。ニッポノペルタは、アジアのほかのノドサウルス科とはあまり近くなく、北米やヨーロッパの進化したグループの内側に深く入り込む位置に来るという。
海でたまった地層から陸の恐竜が出てくるのも、ノドサウルス科では珍しいことではない。海岸近くで暮らしていた個体の死骸が海に流され、沖でアンモナイトと一緒に埋もれる。北海道のむかわ町で見つかったカムイサウルスも同じパターンで、日本の恐竜化石は海の地層から拾い上げられることが多い。
名前より先に標本を知っていた人たち
日本の恐竜は、2019年に命名されたカムイサウルス(むかわ竜)、2025年の翼竜ニッポノプテルスと、ここ数年で名前を得たものが続いている。今回もその流れの一つで、Xには「恐竜博2023で見たやつだ」「幼少期の恐竜図鑑に鎧竜発見の話が載っていて興奮した」といった、名前より先に標本を知っていた人の反応が並んだ。
長く「夕張の鎧竜」と呼ばれてきた化石が、これからは学名で呼ばれる。標本を所蔵しているのは三笠市立博物館。実物や複製が出ている展示を見つけたら、31年待った頭骨だと思って眺めてほしい。