ピューマがいる地域はシカと車の衝突が推定76%少ない 捕食者が減らしていたのはシカの数ではなく“出歩き方”だった
夜の道路にシカが出てくるのが怖い、という話は北海道や山あいの県ではおなじみです。そのシカと車の衝突を、ピューマが勝手に減らしていたかもしれない。そんな研究がアメリカから出ました。
503台のカメラと、59頭の首輪
調べたのはConservation Science PartnersのJustin Suraci氏らのチームです。舞台はアメリカ・ワシントン州のオリンピック半島。ここに仕掛けた503地点のカメラトラップの記録と、GPS首輪をつけた59頭のピューマの位置情報、そして州の交通当局が持つ5年分の事故記録を突き合わせました。
出てきた数字が、ピューマの生息密度が高い地域では、5年間に予想される衝突件数が推定76%少ない、というものです。研究チームはこの結果を2026年8月にCurrent Biologyで発表しました。
「食べて減らす」ではなかった
直感的には、ピューマがシカを食べるから頭数が減って、結果として事故も減る、という説明を思いつきます。ところが分析が指すのはそこではありませんでした。効いていたのは、シカ側の行動の変え方です。
ピューマがいる場所のシカは、道路のまわりで過ごす時間が15%ほど減り、夜の活動を控えて昼間に動くようになり、より奥まった環境を選ぶようになっていました。生態学ではこれを「恐怖の景観」と呼びます。捕食者が実際に襲わなくても、いるというだけで獲物の行動範囲と時間割が書き換わる現象です。
夜の道路脇はシカにとって、見通しが悪くて逃げ場のない危ない場所になります。ピューマを警戒して近づかなくなった結果、たまたま人間の車と鉢合わせする機会も減っていた。研究チームのコメントも「シカはピューマのリスクを避けようとして、結果的に道路の近くで過ごす時間が減り、衝突も減っている」というものでした。
事故のコストは、けっこうな規模
研究チームの説明によれば、アメリカではシカと車の衝突が年間150万件以上起きていて、およそ200人が亡くなり、経済的な損失は100億ドルを超えます。日本円にすると1兆5000億円規模で、野生動物との事故という言葉から想像するより、はるかに大きな数字です。
だから今回の結果は「ピューマが人の役に立っている」という以上の意味を持ちます。大型の捕食者を戻すかどうかの議論は、これまで生態系のバランスや家畜被害を軸に語られてきました。そこに道路の安全という、まったく別の勘定が加わったことになります。
見えないブレーキ
道路の獣害対策というと、フェンス、反射板、注意喚起の看板あたりが定番です。そこに「捕食者の気配」という、目に見えないブレーキが加わるかもしれないという話でした。
もっとも、だからといって車のほうが安全になったわけではありません。夜間の山道でシカが出てきたら止まれないのは変わらないので、そこはフェンスと速度で対応する部分です。ただ、森のどこかにいる猫科の大型動物が、こちらの通勤路の事故率にまで効いているとしたら、生態系の話としてはかなり気持ちがいいと思います。