サルボウ貝を1200℃で焼いた皿が銀河模様、正体は国宝「曜変天目」に似た青い光彩
拾ってきた貝殻を、焼く前の皿の上にころんと5つ並べる。そのまま窯に入れて1200℃まで上げる。ただそれだけの実験の結果が、9月20日の夕方に投稿されてから3日で1万5000を超えるいいねを集めています。
投稿したのは陶芸をしている@par_yukiさん。本文は「拾ったサルボウ貝を1200℃で焼成してみたらお皿がギャラクシーに…」の一言だけです。
焼く前と焼いた後が、ひとつの投稿にそろっている
この投稿が強いのは、写真と動画でビフォーアフターが完結しているところです。
まず写真のほう。灰色の、まだ焼いていない生地の皿を手で持っていて、その内側に白い貝殻が5枚、間隔をあけて置いてあります。この時点では完全に工作の途中という見た目で、これが何になるのかは想像がつきません。
続く動画に映っているのが焼き上がりです。皿全体が銀灰色に変わっていて、貝があった5か所が黒い水たまりのような斑紋になっている。貝殻そのものは影も形もなく、まわりが引っ張られてクレーターのように凹み、中心だけがぬらっと光っています。名前の付いていない星の表面を真上から撮った映像みたいで、たしかに「ギャラクシー」と言いたくなります。
ちなみに素材のサルボウ貝は、そのへんの浜で普通に見つかる貝です。旬の魚介百科によると東京湾から山陰、瀬戸内、有明海まで広く生息していて、殻長は6cm前後。殻の表面の放射肋は「赤貝が42本前後あるのに対し、サルボウ貝は32本と少ない」のが見分け方で、スーパーで売っている「味付き赤貝」の缶詰も中身のほとんどはこのサルボウ貝だとされています。アカガイの一回り小さい親戚、くらいの位置づけです。
光に当てると、斑紋のまわりが青く光る
話がもうひと段階上がったのは、同じ日の夜に投稿された追加の写真でした。
日の当たる場所に皿を置いた1枚で、黒い斑紋の輪郭に沿って、青緑色のきらきらした帯がぐるりと出ています。添えられた言葉は「眩しッ」だけ。
この「青い光彩」というのが、今回いちばん効いたポイントです。国宝の曜変天目茶碗を所蔵する静嘉堂文庫美術館の国宝の紹介ページには、曜変天目の定義がこう書かれています。
曜変天目は建窯の黒釉茶碗で斑紋の周囲に青色を主とする光彩があらわれたものをいう。
斑紋があり、その周囲に青い光彩が出ている。文字にすると、拾った貝を焼いた皿とほぼ同じ説明になってしまいます。
この符合に最初に反応したのが、香道研究家のmadokaさん(@madoka_incense)でした。元の投稿を引用して「ひょっとして未だ謎に包まれている国宝『曜変天目茶碗』の製法を再現するヒントに…?」と書いたところ、9月23日時点でいいねが5万を超え、発端の投稿より大きく伸びています。21日にはTogetterのまとめも立ちました。
完全な形で残る曜変天目は、世界に3碗しかない
ここで曜変天目茶碗そのものの話をしておきます。
作られたのは南宋時代、12〜13世紀の中国・建窯です。静嘉堂の解説によれば、完全な形で現存するものは国内に伝存する3点のみ。つまり世界に3碗しか残っておらず、その3碗が全部日本にあって、全部が国宝に指定されているという状態です。
静嘉堂のものが「稲葉天目」と呼ばれているのは、伝来の経路がそのまま名前になったからです。同じように持ち主の名前が付いた国宝は刀剣にもあって、うちでも国宝「稲葉江」を取り上げました。
「曜変」はもともと「窯変」、つまり窯の中で起きた事故のこと
もうひとつ、静嘉堂の解説にさらっと書いてある一文が地味にすごい。
本来、「曜変」は「窯変」を意味し、しだいに輝きを表す「曜」の字が当てられるようになった。
曜変の「曜」は、後から当てられた字でした。もとは窯変、要するに窯の中で狙っていない変化が起きること。輝いているから「曜」になったわけで、出発点は偶然の産物を指す言葉だったということになります。
そう考えると、窯に貝を入れるという行為自体も突飛な話ではありません。陶芸には貝高台や貝目と呼ばれる技法があって、窯詰めのときに器と器がくっつかないよう、あいだに小さな二枚貝を挟みます。焼き上がると高台に貝の跡が残り、それが景色として好まれる。唐津焼や上野焼、高取焼などでおなじみのやり方です。貝を窯に入れると跡が残ることは、昔から知られていたわけです。
ただし「製法の起源」と決まったわけではない
ここは線を引いておきたいところです。今回できた斑紋がどういう化学反応で生まれたのかは、専門的な裏付けが取れていません。そもそも曜変天目の斑紋がどうできるのかについても、まだ一本の定説には収まっていません。
投稿者自身が翌日に上げた別の皿がこれで、「ものによってはいぶし銀に」とのこと。同じように貝を置いて焼いても、こちらは青い光彩がまったく出ておらず、マットな銀色のまま貝の形が凹んでいるだけです。同じ条件でも結果はそろわない。
再現に近づいた陶芸家もいます。藤田美術館のART TALKに登場する九代長江惣吉さんは、中国・福建省の建窯跡に50回以上通って現地調査を重ね、「建窯の周辺では蛍石という石がたくさん採れるのですが、これを使って焼成中に酸性ガスを発生させることで釉薬に光彩が出ることがわかったのです」と語っています。貝殻ではなく、窯のまわりで採れる鉱石のほうに答えを見た形です。
まとめられた反応には、面白がりつつ冷静な指摘も並びました。窯の事情まで踏み込んだのが@kunoshinnさんで、「曜変天目は釉薬の配合的にはほぼ解明されてて、それでも歩留まりが悪い。というか、模様が出る方が遥かにレア。その為、『曜変天目をやってる窯はつぶれる』と言われてるくらいに難しいです。ただ、これの様に曜変っぽい感じで安定して色のでる釉薬や手法もあり…」と書いています。難しいのは確かだが、曜変っぽい色を安定して出す手はある、という含みです。@nee702さんは「炭酸カルシウムの融点が825℃、陶芸の本焼きが1000℃以上はあろうからそれっぽい」と、貝殻の主成分から筋道を立てていました。
中国側に記録が残っていないという話も出ていて、@kururu1992さんは「特有の釉薬や茶器の性状から南宋産は間違いないのに、中国では記録すらないことがロマンなのです」と返しています。作った国に文字の記録が残らないまま、日本に3碗だけ残った。その空白に、拾った貝の実験がすっと入り込んできたのが今回の盛り上がりの正体でしょう。
@nishimuraryutanさんは引用でこう書いていました。「この国宝って(料理してたら失敗したけど、綺麗な模様だなあ、、、閃いた!)から作られたんかなあ それもそれで浪漫だな」。この一言が、たぶんいちばん近いところを突いています。答えは出ていませんが、拾った貝1枚から国宝の話まで地続きになるのは、普通に楽しい。浜辺で貝殻を拾ったら、ちょっと持ち帰りたくなります。