TikTokの「柴崎現象」、正体は水彩画家・柴崎春通の縛りお絵かき
TikTokの検索窓に「柴崎」と打つと、候補に「柴崎現象」が出てくる。字面だけ見ると心理学の用語か何かに見えるけれど、中身はまったく違う。79歳の水彩画家が絵を描いているだけの話だ。ただし、その描き方がおかしい。
「柴崎現象」は視聴者が勝手に付けた名前
主役は水彩画家の柴崎春通(しばさき はるみち)さん。1947年8月27日生まれで、Wikipediaの記載によれば水彩画講師でもあり、元文化庁派遣芸術家在外研究員で日本美術家連盟の会員でもある。ネット上では「おじいちゃん先生」の愛称のほうが通りがいい。
大事なのは、「柴崎現象」という言葉を本人が言い出したわけではないところ。動画のコメント欄やリプライで視聴者が使いはじめた、完全に外から付いた名前だ。指しているのは作品そのものではなく、「途中まで何をやっているのか分からないのに、最後にとんでもない絵が立ち上がっている」というあの落差のほう。名前の主語は柴崎さんではなく、見ている側の混乱だと思えばいい。
3枚目と4枚目のあいだで何かが起きている
「柴崎現象」がいちばん分かりやすく出るのが、本人がXに上げている4枚組の画像投稿だ。2025年3月8日の投稿では、こう書かれている。「柴崎おじいちゃん先生☆🖌️筆を使わずに、☝️指とナイフだけで描いてみるよ🤗」。19万いいねを超えた。
画像は4枚。1枚目は柴崎さん本人が指とペインティングナイフを構えて「指でどんな絵をどんな風に描くかね」と話しかけるカットで、絵はまだ影も形もない。2枚目は白い紙に青とオレンジと緑をポツポツ置いただけの状態で、正直に言って子どものお絵かきにしか見えない。3枚目は全面に色を擦り付けた色の塊で、まだ「これどこに向かうんだ」という段階。それが4枚目で、雨に濡れた街並みの風景画として急に成立している。
リプライ欄には、この段差についての反応が並んだ。「2枚目まで子供のお絵描きだったんじゃ・・・😳」「3枚目と4枚目の間に魔法使ってるでしょコレ」「毎回4枚の画像の選抜が秀逸すぎて、動画見よってなっちゃうの最高です。」といった具合で、起承転結の「転」が丸ごと消えている構成にツッコミが集まっている。ここに 「そうはならんやろ」 が大量に飛んできて、「そうはならんやろ………いやなっとるやないかい」と自分で回収する人まで出てきた。
そして同じスレッドの中に「柴崎現象定期」というコメントがある。投稿日は2025年3月9日。「定期」が付いているということは、この時点ですでに言葉として定着していたわけで、遅くとも2025年3月には使われていたことになる。誰が最初に言い出したかまでは追いきれなかった。
一連のやり取りは Togetterのまとめ に残っている。「弘法筆を持たず」と真面目に感心する人がいる横で、「指とナイフだけで仕事ができるの、凄腕の殺し屋かこの人くらいだろ」と書いている人がいるのが、この界隈のバランス感だ。
縛りは「筆を使わない」だけではない
柴崎さんの企画は、道具を減らす方向にどんどん寄っていく。2025年1月1日の投稿は、元日からこれだった。「柴崎おじいちゃん先生☆ 8色のクレヨン🖍️で銀色が作れるのか!?」。
クレヨン8色に銀色は入っていない。それでも4枚目には、剣を手にした騎士の肖像が現れる。胸当ても籠手も、金属の鎧としか言いようのない質感になっている。10万いいねを超え、「クレヨンでこんなに金属感だせるんですね、すごい」「8色で銀色って出来るんだ!?」と驚く声が並んだ。ちなみに 前年は同じ縛りで金色に挑戦している。
コメントの中に、現象の核心を突いたものがあった。「「そうはならんやろ」って皆これなら描けると思ってるからじゃない? 実はここからものすごく難しい可能性あるぞ」。途中経過が素人くさく見えるほど、完成品との距離が理解不能になる。「柴崎現象」がネタとして強いのは、この構造が毎回きれいに再現されるからだ。
TikTok側の入口はこの動画
TikTokにも本人の公式アカウント @watercolorbyshibasaki があって、同じ縛り企画が短尺で上がっている。「柴崎現象」をTikTokで検索した人が最初にぶつかるのは、だいたいこのあたりの動画だ。
キャプションは「ナイフと指でここまで描ける!?柴崎おじいちゃん先生の無謀な挑戦!#titkok教室 #チャレンジ #アクリル絵の具 #クレヨン」。ハッシュタグの綴りがちょっと転んでいるのも含めて、そのまま載せておく。じっくり手元を見たい人は YouTubeチャンネル『Watercolor by Shibasaki』 のほうが本編で、柴崎春通さんの公式TikTok は切り抜きに近い。
視聴者発の言葉が、個展の宣伝文句になった
面白いのは、視聴者発の造語がそのまま個展の宣伝文句になっているところ。主催の合同会社nobiが2026年4月15日に出した PR TIMESのプレスリリース には、こうある。
YouTube登録者数210万人を超え、その穏やかな語り口と魔法のように絵が完成していく様が世界中で反響を呼んでいる「おじいちゃん先生」こと、水彩画家・柴崎春通。SNSを中心に、世代や国境を越えて人々の心を捉えて離さないこの“柴崎現象”をリアルに体感できる個展
この個展「柴崎春通 水彩画展2026大阪」は2026年4月30日から5月5日まで、大阪市のホルベインギャラリーで開かれた。ゴールデンウィークはもう過ぎているので今から行くことはできないけれど、コメント欄で生まれた言葉が1年ちょっとでリリース文に載るまでの速さは、なかなかのものだと思う。
というわけで「柴崎現象」の正体は、79歳の水彩画家が道具を縛って描いたときに起きる、途中経過と完成品のありえない落差に視聴者が付けた名前。TikTokのおすすめに流れてきたら、途中で飛ばさずに最後まで見てほしい。飛ばすと現象が起きない。