ステイゴールド産駒が全頭引退、最後の1頭は金沢の「ステイクロース」
ステイゴールドの産駒が、JRAにも地方にも1頭もいなくなった。最後に籍が残っていたのは金沢のステイクロースで、10月1日付で抹消された。
10月14日にnetkeibaが「ステイゴールド産駒が全て引退」と報じた。netkeiba公式の告知ポストには、15日朝の時点で2万1千件を超えるいいねがついている。
ゴールドシップもオルフェーヴルも、ウマ娘に出てくる馬だ。その父の子どもが、これで現役から消えた。
最後に残ったのは金沢の1頭
報道によると、ステイクロースは地方・金沢の所属馬で、10月1日付で競走馬登録を抹消された。JRAと地方を合わせて、最後の現役のステイゴールド産駒だった。
抹消の順番を並べるとこうなる。
- JRAの最後はマイネルヴァッサー。2025年11月22日の障害オープン(13着)を最後に抹消
- 地方で最後に走ったのは岩手のモレッキ。2026年7月13日の盛岡(6着)を最後に抹消
- 最後に籍が残ったのが、金沢のステイクロース
注目したいのは、ステイクロースの最後のレースが2024年12月28日だったことだ。そのあとは退厩扱いになり、1年半以上走っていなかった。今月、出走のないまま「時効抹消」の形になったと報じられている。
つまり「最後まで走った産駒」はモレッキで、「最後まで名前が残った産駒」がステイクロースになる。
ステイクロースは175戦走った
デビューは2015年12月23日、大井の3歳戦で結果は9着。そこから最後の出走まで、約9年走り続けた。
通算は175戦12勝。2着が11回、3着が23回で、3着以内には46回入っている。獲得賞金はすべて地方で682万円だ。
デビューの日付にも注目したい。父のステイゴールドが亡くなったのは2015年2月5日。ステイクロースは、父の死から約10か月後に初めてゲートに入ったことになる。
ステイゴールドが死んで11年
ステイゴールドは1994年生まれ。現役時代は50戦7勝で、G1では惜しい競馬が続いた。ラストランになった2001年の香港ヴァーズで、ようやくG1初勝利をあげている。
種牡馬としては2005年に産駒がデビューした。ドリームジャーニー、ナカヤマフェスタ、オルフェーヴル、フェノーメノ、ゴールドシップ、障害の絶対王者オジュウチョウサンと、個性の強い名馬が並ぶ。
そのステイゴールドは2015年2月、21歳で亡くなっている。種付けのあとに体調を崩し、死因は大動脈破裂だった(Wikipediaによる)。
死去から今回の全頭引退まで、11年と8か月。亡くなったあとにも、産駒は10年以上走っていたわけだ。
ウマ娘のあの子たちの父
ウマ娘には、ステイゴールドと産駒たちが何人も登場する。公式サイトにキャラクターページがあるのは、ステイゴールド、ドリームジャーニー、オルフェーヴル、ゴールドシップ、ナカヤマフェスタの5人だ。
10月17日から順次発売の一番くじ14弾も、A〜D賞はこの一族が占めている。くわしくは一番くじ14弾の記事にまとめた。
ゲームで推しになった人にとって、実馬の産駒がいなくなったニュースは、少し遠い出来事に感じるかもしれない。それでも、ゴルシもオルフェも、現実にはこの父の子だった。
Xでは「寂しい」の声
Xには、報道を受けた投稿がいくつも出ていた。kumoha225keiさんは「一つの時代の終わりを感じる。」と書き、子や孫まで魅力的な馬ばかりだったと振り返っている。
Boukun_Chann_さんは「寂しいなぁ」と書いたあとで、「ちょっと待てステイゴールド死後11年経っとるが??????」と続けた。
こちらは、父が亡くなってからもう11年たっていたことに気づいた人の声だ。産駒が走り続けていた間は、父の死がそこまで昔に感じなかったのかもしれない。
ステイクロースの戦績は、netkeiba DBで175戦ぶん見られる。デビューから最後の金沢まで、1戦ずつたどってみるのもいい。