宇野昌磨が“社会の窓”の失敗を自分から明かした。しかも上体を反らすクリムキンイーグル中の話だった
フィギュアスケートの宇野昌磨さんが、8月14日に自分から爆弾を落としました。
社会の窓が開いていて焦った、という誰でも一度は通る話に乗った投稿です。ただ、一緒に貼られた写真がふつうじゃない。いいねは17万を超えました。
添えられていたのは代名詞の技だった
写真の宇野さんは、氷の上で上体を後ろに大きく反らせ、片腕を天井に向けて伸ばしています。これはクリムキンイーグルと呼ばれる技です。両足のつま先を外側に向けて開くスプレッドイーグルの姿勢のまま、腰を落として背中を反らせ、その体勢で滑っていく。形が片持ち梁に似ているのでカンチレバーとも呼ばれます。
名前の由来はロシアのイリヤ・クリムキン選手で、この人が現役時代にスプレッドイーグルの変形として滑っていたことからそう呼ばれるようになりました。国際大会で実際にやる選手はほとんどおらず、日本では宇野さんの代名詞として知られています。
つまり本人が言っているのは、演技の中でいちばん観客に体の正面が向いている瞬間に開いていたことがある、という話です。しかも本人は上を向いて反っているので、その位置は自分の視界にまず入りません。
「メンタル鋼鉄か」
反応は素直に笑っている人が多めでした。「ステージ上でそれは強すぎるでしょ、メンタル鋼鉄か」「こんな美しい社会の窓の魅せ方できる人は他にいない」「感情が迷子になるんだが」「朝から爆笑して気分がいいですありがとう」といったコメントが並んでいます。
そこで終わらないのがこの競技のファンで、投稿を見た人が過去の映像から、滑りながらごく自然に社会の窓を閉めている場面を掘り出してきました。「すーごいナチュラルに閉めるじゃない」「本人によって掘り起こされる秘技」と、証拠固めの側も楽しそうです。本人の告白から半日で裏が取れています。
そもそも「社会の窓」はどこから来たのか
ここで気になるのが、ズボンのファスナーをなぜ社会の窓と呼ぶのかという話です。国立国会図書館のレファレンス協同データベースに、この語の由来を調べた記録が残っています。
有力とされているのが、1948年(昭和23年)に始まったNHKラジオの「インフォメーションアワー・社会の窓」に由来する説。世の中の隠れた部分を覗く、という番組の趣旨と、ふだん隠しておきたい部分が覗いてしまう箇所が重ねられた、という説明です。
ただし一本には決まっていません。朝日新聞1991年1月13日の記事には、昭和27年に中学の社会科の先生のチャックがいつも開いていて、生徒が「また社会の窓、前をあけてら」と言い出したのが発端だという説が載っています。読売新聞1995年4月29日には、自分が作った言葉だという読者の投稿まで残っています。
復帰1年目の夏に、この話をする
宇野さんは一度は競技から退いたあと、今年5月に本田真凜さんとアイスダンスのカップルを組んで現役復帰を発表しました。目標は2030年のアルプス冬季五輪で、コーチ陣にはステファン・ランビエル氏の名前が並びます。8月には自身がプロデュースするアイスショー「Ice Brave」の東京公演も終えたばかりです。
その復帰1年目の夏に、代名詞の技の写真を貼って社会の窓の話をする。次にあの反り返る姿勢を見たとき、みんな一瞬だけ別のところを見てしまう気がします。