アメリカで牛タンが驚かれた話、日本のタンは国産が約3%で輸入の6割は米国産だった
9月9日、アメリカのユーザー @TheJoe746 さんが、会員制スーパーの棚に真空パックの牛タンが十数本、丸ごと平積みされている写真を2枚上げました。これを食べているのは誰なのか教えてほしい、見た目がきつくて自分は手を出さない、という内容です。日本語圏にも流れてきて、翌10日、ゲームクリエイターで漫画家のゾルゲ市蔵さんが冗談まじりに返した投稿が6万5千いいねを超えました。
ゾルゲさんの返しは、あなたは正しい、絶対にいじってはいけない、というノリで全力で乗っかるものでした。「食べないでいいです。こんなもの全然美味しくないですよ。」と続けたあと、昔「生の魚なんて気持ち悪い」と言われた時に「頑張ってスシを教えてしまったことを後悔しています」と締めています。リプライも200件近く付きました。
ネタはネタとして、では実際のところ牛タンはどこで作られてどこへ運ばれているのか。調べてみたら、写真の光景と日本の焼肉屋のメニューはきれいにつながっていました。
発端の写真に写っていたのは、1本4.4ポンドの丸ごとタン
まず投稿の写真です。パックのラベルには商品名として「BEEF TONGUE」、店のプライベートブランドである「Member’s Mark」の表記があります。値段は1ポンドあたり9.76ドル、この個体は4.40ポンドで、合計42.94ドル。1ポンドは約454グラムなので、2キロ級のタンが丸ごと1本入って、その値段という計算になります。
ラベルの加工日は4月23日、消費期限は4月30日と印字されていました。投稿されたのは9月なので、撮ったのはもう少し前の可能性が高そうです。ともあれ、会員制スーパーの棚に丸ごとのタンが十数本積まれる程度には、アメリカでも牛タンは売られています。
アメリカ国内での内臓肉の消費は、統計で見ても少ない
一方で、それが国内でどんどん食べられているかというと、話は別です。農畜産業振興機構(ALIC)が2018年にまとめた米国の牛内臓肉の生産・輸出動向についてのレポートは、冒頭でこう書いています。「米国では一部のコミュニティ、またはソーセージなどの原料となる場合を除いてなじみの薄い食材の一つであることから、国内消費量は極めて限定的である。」
数字でも裏付けがあります。同じレポートによると、FAOの統計で2014年の米国民1人あたりの年間内臓肉(豚・鶏を含む)消費量は0.44キログラム。報告のあった177カ国のうち171位でした。年に半キロ弱ですから、棚に積まれたタンを前にして誰が食べているのか不思議に思うのも、国内の平均だけを見ればそこまで的外れではなかったことになります。
もっとも、この状況は少しずつ動いています。レポートは、小売最大手のウォルマートが全国各地の店舗でタンや一部の内臓肉を扱うようになった背景に、人口動態の変化があると見ています。タンやハラミが主要な食材の一角を占めるメキシコに由来する層が米国内で増えており、そのぶんタンの需要も増えている、という説明です。牛タンを日常的に食べる人が増えれば、棚の商品も増えるわけです。
日本のタンは国産が約3%、輸入の6割が米国産
では余ったタンはどこへ行くのか。ALICのレポートは、米国からの輸出先を品目別に並べたうえで、はっきり書いています。「日本は、冷蔵(胃と腸を除く)とタンの最大輸出先である。」つまりアメリカから出ていくタンを、いちばん多く買っているのが日本です。しかも数量ベースでは第3位なのに、単価が高いぶん金額ベースでは第1位の輸出先になっているとレポートは付け加えています。
日本側から見ると、依存の度合いはもっと極端です。同レポートは農林水産省の推計として、「国内供給のうち、国産の占める割合はタンで約3%、ハラミ等で約10%にすぎないと推測されている。」と紹介しています。日本で流通するタンの、およそ97%は海の向こうから来ている計算です。そしてその輸入先は、2017年の輸入量を品目別・輸入先別に見ると、タンもハラミ等も米国産が約6割を占めていました。
牛1頭からタンは1本しか取れません。国産牛の頭数だけで日本中の焼肉屋のタンをまかなうのは、どうやっても無理があります。買い手が集中すれば値段も上がるようで、2017年の米国から日本向けの冷凍タンの輸出単価は1トンあたり9,629米ドル(105万9,190円)と、他の主要な輸出先を上回っていたとレポートは書いています。安く買い叩いているのではなく、いちばん高く買っている客が日本、という関係です。
タン元は日本へ、タン先はメキシコへ
面白いのはここからで、同じ1本のタンが途中で分けられ、行き先が変わることがあるそうです。レポートいわく、「米国のパッカーの中には、分割したタンのうち根元に近い「タン元」を日本に輸出し、残った「タン先」をメキシコに輸出しているケースもあるという。」
タン元は根元に近い側で、厚く切っても柔らかいとされる部分です。焼肉の厚切りタンや塩タンになるのはここ。反対にタン先は繊維が強くて硬めですが、煮込むとうまみが出る部位として扱われます。メキシコは日本に次ぐ第2位の米国産タン輸入国で、一般的な調理法は煮込みだとレポートは説明しています。硬めのタン先は日本では敬遠されがちなので、焼く国と煮る国で1本のタンを分け合う形が成り立つわけです。すべてのタンがそう捌かれているわけではないものの、牛1頭ぶんの舌が太平洋と国境の両方に向かって出荷されていく絵を想像すると、なかなかの物流です。
食べ物の見え方がひっくり返る話は、日本の側からも起きる
今回の一件は、片方から見ると謎の物体で、もう片方から見ると人気メニューという、よくあるすれ違いでした。この手の話は日本の側から見ても普通に起きます。以前このサイトで書いた🍘の絵文字が海外では「高いビルの後ろの満月」に見える話も、生きている牛はcow、肉になるとbeefという英語の呼び分けも、どっちが変というより、慣れているものが違うだけの話でした。
牛タンについて言えば、アメリカで消費されずに国外へ出ていくタンの、いちばんの行き先が日本の焼肉屋です。次にレモンを絞りながら食べるときは、その1本の反対側がメキシコで煮込まれているかもしれない、と思い出してみてください。