「ヤンガンイタン」とは?悪魔ミームの元ネタは1863年『地獄の辞典』の挿絵
右手を光らせて「よっ」と挙げ、ニヤッと笑っている悪魔。手足がひょろ長くて、妙に気さくそうな顔をしている。2024年11月ごろからXのタイムラインに急に湧いてきたこの画像が「ヤンガンイタン」です。
名前を知らないまま「悪魔のミーム」と呼んでいた人も多いはずです。元ネタは160年以上前、1863年にフランスで出た本の挿絵でした。
「ヤンガンイタン」とは?
「ヤンガンイタン」は、フランスのブルターニュ地方に伝わる悪魔「Yan-gant-y-tan」の名前です。日本語版Wikipediaの表記は「ヤン=ガン=イ=タン」。ネットでは、この悪魔の挿絵をコラ素材にしたミームそのものを指して使われています。
読み方は「ヤンガンティタン」と「ヤンガンイタン」で揺れています。ニコニコ大百科の記事名は「ヤンガンティタン」ですが、綴りをハイフンで区切ると Yan / gant / y / tan なので、「ヤンガンイタン」のほうが近いのでは、という指摘も出ています。どちらで検索しても同じ悪魔にたどり着きます。
ミームとしての使い方は単純で、何かの場面にこの悪魔が唐突に割り込んでくるだけです。合コンの「おまたせ〜」のあとに出てくる、名シーンのハイタッチ相手になっている、飲み会の集合写真に知らない奴として混ざっている。ATLASはこれを「飲み会でやって来た誰も知らない奴」というキャプション型として紹介していました。
元ネタは『地獄の辞典』の挿絵
絵の出どころは、フランスの作家コラン・ド・プランシーが書いた『地獄の辞典(Dictionnaire Infernal)』です。悪魔や迷信、オカルトの項目を集めた事典で、初版は1818年。ただ初版には挿絵がなく、絵が入ったのは1863年の第6版からです。
この版の挿絵を描いたのはルイ・ル・ブルトン(Louis Le Breton)で、69点の悪魔の絵が収められています。ヤンガンイタンはそのうちの1枚です。KAI-YOUの解説によると、該当箇所は707ページ。日本では床鍋剛彦さん訳の抄訳が講談社から1990年に出ています。
伝承のヤンガンイタンはどんな悪魔か
ブルターニュ地方のフィニステールに伝わる悪魔で、夜に現れるとされています。光っている右手の正体は、5本の指の先に灯したろうそくです。これを燃える車輪のようにぐるぐる回しながら歩くと言われています。
出会うのは不吉の前兆とされますが、言い伝えの中身はちょっと抜けています。
- ろうそくの火が消えるのを嫌がって、素早く向きを変えられない
- 旅人の道標のそばに金貨の小袋や金の鎖を置いておけば避けられる
- 灯りを持っていない人にろうそくを分けて、夜道を照らしてくれる話もある
Wikipediaにも要出典の箇所が残っているので、細部は「そう伝わっている」くらいで読むのがよさそうです。
名前の意味については説が分かれます。プランシーは「夜のさすらい人」と解釈しました。一方でブルトン語として読むと「火を持つジョン」に近く、鬼火(ウィル・オ・ウィスプ)の仲間とする見方もあります。ATLASも、名前を直訳すると「火を携えたジョン」に近く、イギリスのジャック・オ・ランタンと同じ鬼火の仲間と考えられている、と紹介していました。
この「動きがのろい」設定は、ミームが流行った直後にXで解説されて、別の角度でウケています。
正体を紹介したうえで「かわいい」で締めるこの投稿が出たのは2024年11月15日。見た目のニヤけ顔と、火が消えないようにそろそろ動く設定が噛み合って、怖い悪魔のはずが愛嬌のあるキャラとして受け取られていきました。
ミームになった経緯
最初に誰が使ったのかは分かっていません。確認できた中で早い時期の大バズは、2024年11月14日に @sub__aprt さんが投稿した3枚構成のコラです。合コン漫画の「おまたせ〜」のコマのあとに、この悪魔が現れるという内容で、いいねは8万6千件近く付きました。漫画部分は別の作家さんの絵を使ったものです。
いちばん伸びたのは、11月17日に @Nibi_Cityy さんが投稿したコラでした。
『スラムダンク』の桜木花道とハイタッチさせたもので、いいねは15万件を超えています。光る右手を挙げたポーズが、もともとハイタッチ待ちの姿勢に見えるのが効いていて、名場面のハイタッチにそのまま収まってしまいました。
ここからは早くて、同じ17日にニコニコ大百科に記事が立ち、18日にはKAI-YOUが連載「INTERNET MEMES SAIKO LAB.」で「Xで流行『悪魔のミーム』」として取り上げます。26日にはATLASが「飲み会でやって来た誰も知らない奴」の型として紹介しました。
11月28日には @jakobs_co さんが、祠ネタと同じように何でも無理やり掛け合わせたコラが大量に出ている、という趣旨の投稿をしています。同じ秋に流行った祠ネタとは、型さえあれば誰でも乗っかれるという点で似た広がり方でした。
その後もBOOTHではVRChat用の3Dモデルが配布されていて、検索候補には「tシャツ」や「冨岡義勇」も並んでいます。冨岡義勇との組み合わせがきっかけだったという話もありますが、裏の取れる出どころが見当たらないので、ここでは「一緒に検索されている」とだけ書いておきます。
なぜここまで使われたのか
考えられる理由は、ポーズと権利の2つです。
ひとつはポーズです。片手を挙げてニヤけている姿が、悪魔なのに「よっ」と声をかけてきそうな気さくさで、ハイタッチや乱入のオチにそのまま使えました。KAI-YOUも、ひょうきんな表情と挨拶するように挙げた右手に触れたうえで、アニメや漫画のキャラとハイタッチさせる使い方を例に挙げていました。
もうひとつは、1863年の絵だということです。著作権の保護期間はとっくに切れていて、誰が切り抜いて貼っても問題になりません。クソコラの素材として、これほど気軽に使える悪魔もなかなかいません。
ちなみにヨーロッパでは『地獄の辞典』より200年ほど前、16〜17世紀に、傷ではなく武器のほうに薬を塗る「武器軟膏」のような、今見るとツッコみたくなる治療法が本気で信じられていました。迷信を大まじめに集めた本が生まれる下地は、それより前からあったわけです。
使い方・例文
- 「飲み会の写真、端っこにヤンガンイタンいなかった?」(知らない人が混ざっていたときに)
- 「その場のノリで来たヤンガンイタンみたいな顔してる」(場違いなのにやたら馴染んでいる人に)
- 「ヤンガンイタン、火が消えるの嫌で走れないのかわいすぎる」(伝承のほうをいじる)
画像で使うときは、名場面や集合写真に悪魔を1体足すのが基本形です。言葉だけで使うなら「誰も知らないのに来た奴」「場違いなのに楽しそうな奴」の例えになります。
関連する言葉
既存の画像に別の素材を貼って笑いを取る遊び方はクソコラの系譜です。同じ2024年秋には、ホラーのお約束に何でも掛け合わせる祠ネタも流行っていて、どちらも「型に乗っかる」タイプの遊びとして並べて見ると分かりやすいと思います。