国会図書館で“自分が作った楽譜”のコピーを断られた作曲者。本人と判明した15分後に一転「全部OK」になったワケ
図書館で本や資料をコピーしようとして、「全部は無理です」と言われた経験はないでしょうか。あれには法律上のちゃんとした理由があるのですが、それを地で行く“レア体験”が話題になりました。
投稿したのは、ニコニコ動画などで知られる人気の鍵盤奏者・事務員Gさん。10年以上前に自分が書いた曲の楽譜を探しに国立国会図書館へ行ったところ、「著作権の関係上、楽譜全体のコピーはできません」と言われます。そこで「この譜面、私が書いた本人なんですが……」と伝えたところ、司書さんたちがざわつき、打ち合わせに電話にファイルをばさばさ。そして15分後、「すべてコピーしていただけます」と対応が一変した、というのです。
そもそも図書館では「全部コピー」できない
じつは図書館でのコピーには、著作権法(第31条)にもとづく明確なルールがあります。図書館は著作権者の許可がなくても資料を複写できますが、その代わり「著作物の一部分まで」という制限があるのです。一般には“作品の半分まで”と運用されており、一冊まるごとや、一作品の全ページをコピーすることは原則できません。
これは意地悪ではなく、著作権者の利益を守るための線引き。全部コピーできてしまうと、本や楽譜を買わずに済んでしまい、作り手に対価が回らなくなるからです。「半分まで」というのは、そのバランスを取るための落としどころなんですね。
楽譜が“とくに厳しい”のはなぜ
本以上にこのルールが重くのしかかるのが、まさに楽譜です。というのも、楽譜は「半分だけ」コピーしても実用にならないから。曲の途中までしか手元になければ演奏も練習もできず、「一部分の複写」が意味をなしにくいのです。
そのため、公表された楽譜は図書館での全体複写が難しい資料の代表格とされています(著作権なるほど質問箱の解説でも取り上げられています)。事務員Gさんが最初に「楽譜全体はコピーできません」と言われたのは、司書さんがルール通りの、まったく正しい案内をしていたということになります。
「著作者本人」だと、なぜ全部OKになるのか
では、なぜ本人だと分かったとたんに全部コピーできたのか。カギは、この「半分まで」の制限が“著作権者の利益を守るため”のものだという点にあります。楽譜を書いた本人=著作権者であれば、その人自身が「全部複製していい」と許諾できる立場。つまり、31条の制限を超える複写も、著作権者本人の許諾があれば可能になるわけです。
とはいえ図書館の窓口は、目の前の利用者が本当に著作者かどうかを普段は確認しません。だからこそ「私が本人です」という予想外の申し出に、司書さんたちが本人確認や手続きの相談で右往左往し、15分の“ざわつき”が生まれた。そう考えると、あのやりとりの臨場感にも納得がいきます。
ネットの反応
投稿には「図書館あるあるの斜め上」「著作者が来館する確率よ」「司書さんの慌てっぷりが目に浮かぶ」といった声が集まり、じわじわ拡散。ルールを守る図書館側も、まさか目の前に著作者本人が現れるとは思わなかったはず。誰も悪くないのに妙にドタバタしてしまう、平和でちょっと笑える一幕でした。
図書館のコピーが「一部分まで」なのには、こういう理由がある。そんな豆知識を、最高の実例つきで教えてくれる投稿でした。今度あなたが図書館で「半分まで」と言われたら、その裏にある著作権のバランス感覚を思い出してみてください。