「最果てケット」は礼文島の寺でやる同人誌即売会、参加費はお賽銭か1000円
同人誌即売会は都市でやるもの、という前提がある。人が多いところに人が集まるからで、だから東京ビッグサイトや幕張メッセが会場になる。その前提を正面から無視した即売会が、9月20日に北海道の礼文島で開かれた。名前は「最果てケット」という。
参加した局長(@tatami_shino)さんの投稿が、16万回以上表示されて4,800いいねまで伸びている。
「皆さん、これが北方領土を除く本邦最北端の有人離島礼文島で開催の同人誌即売会です!」と書いてあって、そのすぐ下に「本当です」と続く。念押しが必要なくらいには信じてもらえない場所でやっている。
会場はお寺の大広間で、足りなくなったら本堂も使う
公式サイトによると、住所は北海道礼文郡礼文町船泊村ヲションナイ372。会場ロケーションの案内には「お寺で開催します。机の数10脚」とだけ書かれていて、そのあとに「サークル数が多くなったとしても第二会場の準備が可能です」と続く。実際に第二会場は用意され、開催概要には「第二会場(徒歩10秒)もあります!」と追記された。
局長さんの投稿にある「この建物の他にお寺の本堂でもやってます」は、当日そのとおり2か所で回っていたということだ。1サークルあたりのスペースは2畳程度と案内されている。畳で面積を示す即売会はそうそうない。
会場になっているのは船泊の妙慶寺で、今年からゲストハウスの運用も始めている。名前は「テラモシリ」。1泊7,000円の素泊まりで、シャワー・洗濯機・乾燥機・共有キッチン付き。ドミトリーが20名まで、寝袋を持参すれば本堂のスペースで雑魚寝が30名まで可能となっている。参加者が泊まる場所と、即売会をやる場所と、お経を上げる場所が全部同じ建物にある。
参加費は「1,000円またはお賽銭」
開催概要の参加費の欄が短い。サークル参加は1,000円またはお賽銭、一般参加も1,000円またはお賽銭。支払方法は現地で現金払い。
お寺が会場なので賽銭箱がそこにある、という物理的な事情から出てきた選択肢なのだろうが、即売会の参加費として「お賽銭」が並記されている例は他に見当たらない。金額を決めないということは、下限も上限も参加者に委ねているということでもある。
サークルの受け入れ枠は15〜50組程度とされていて、申し込みが集まったため7月29日に第二会場の採寸を終えた時点で10組ぶん増え、上限が50組になった。公式サイトの参加サークル一覧に名前が出ているのは37サークルで、こちらはサークルカットの申し込みがあった分だけが載っている。北海道新聞は「最も到達困難」な同人誌即売会として紹介し、全国から45サークルが集まる予定だと報じた。
本番は着くまでで、羽田からでも片道6時間
礼文島は稚内の西60キロの日本海に浮かぶ島で、北海道本土と北方領土を除けば日本最北端の有人島にあたる。人口は2026年3月1日時点で2,143人。局長さんの投稿が言っていることは正しい。
公式サイトには「礼文島までの道のり(関東関西エリア)」というページがあって、難易度つきでルートが並んでいる。いちばん楽なEasyが羽田から稚内空港へ飛び、連絡バスで稚内港に出て、フェリーで香深港に渡る経路。所要は道中6時間程度で、費用は約21,750円から64,750円。稚内港から香深港までのフェリーが2等自由席3,950円、稚内空港から稚内港までの連絡バスが800円で、残りは航空券の値段による。
Hardと書かれているのがLCCで新千歳に入り、札幌駅23時発の夜行バスで翌朝5時30分に稚内港へ着き、6時30分のフェリーに乗るルート。札幌から礼文島までで10,650円、所要10時間。三段目には「Extream」と書かれていて、大洗や敦賀や舞鶴からフェリーで北海道に上陸してから同じ夜行バスに乗る経路が載っている。難易度が3段階あって、いちばん楽なEasyでも6時間かかる。
降りるバス停を運転手に聞ける
島に着いてからも終わらない。フェリーターミナルがあるのは島の南部の香深地区で、会場の船泊地区は北にある。主催者は当初フェリーターミナルからの送迎車を出す予定だったが、想定より参加申し込みが多かったため現地対応を優先し、送迎はなくなった。移動は宗谷バスの礼文線2(香深フェリーターミナルからスコトン行き)を使うことになる。
開催概要の注意書きが具体的で、下車は「船泊本町」、そこから徒歩5分。「診療所前(病院前)」で降りると会場まで10分歩くことになる、とわざわざ書いてある。そして「ドライバーに『船泊の妙慶寺にいく!』と言えば下車するバス停を教えてくれます(不思議!)」。人口2,143人の島だと、行き先を言えば伝わる。
帰りも1本勝負になる。稚内行きの最終フェリーが17時10分発で、それに間に合うのは船泊本町16時06分のバス(香深のフェリーターミナル着16時50分)が最後。閉会が15時、解散が15時45分という時間割は、この終バスから逆算して組まれている。
島には日本最北端の空港があるのに、使えない
ややこしいことに、船泊地区には礼文空港がある。日本最北端の空港で、会場と同じ船泊村の中にある。ただし休港中で、定期便は2003年3月31日を最後に廃止された。稚内空港との間を19人乗りのDHC-6が結んでいたが、約25年で利用が約30万人、平均搭乗率20%ほどにとどまったのが理由だ。
2009年から供用が休止され、北海道新聞の2025年11月6日の報道では休止期間が2031年3月末まで延長されている。滑走路は800メートルで、北海道庁が年間400万円を出して維持している。飛行場の看板は島に立っているのに、そこへ降りる手段はない。フェリーしか残らないというのは、そういう事情でもある。
サークルの顔ぶれが、明らかに旅と郷土史に寄っている
公式サイトのサークル一覧を眺めると、ジャンルの偏りが分かりやすい。「全市町村制覇Project」「北海道郷土史研究会」「北海道四十四次」「蝦夷地史宴堂」「旅する〇〇」「KokkyoKanko」「小幌忍団」「花緑青急行」あたりが並び、さらに「七式飛行隊 Aviation Works」「第八船渠 Project ICKX」「液酸/液水 北溟基地」といった航空・艦船系が続く。
「イバラキスタン干し芋基地」「超新星バウムクーヘン」「高専症候群」「ゴリラスクワッド」「力こそパワー」のような名前もあって、オールジャンルではあるのだが、全体としては旅行記・鉄道・郷土史の側に重心がある。片道6時間かけて島へ来て本を売るという行為自体が、もともと旅の同人誌を作っている層と相性がいい、ということなのだと思う。
ちなみに埋め込んだ投稿の局長さんは白川同人社の主宰で、その白川同人社もサークル一覧に入っている。プロフィールには1988年から零細同人イベントのスタッフや主催をやってきたと書かれていて、2023年からはスーパーカブで旅をしているらしい。これ以上ないくらい今回の会場に合った経歴だ。
前日からお寺に泊まって、漁協の刺身で前夜祭
日帰りが現実的でない立地なので、イベントは前日から始まっている。19日は前夜祭で、フェリーターミナル17時発のバスに乗れば18時前に船泊本町に着く。公式サイトのお知らせによると、19日は最大36人が宿泊および雑魚寝する予定だった。
その人数ぶんの食事を用意するのが大変で買い出しも大変なので、近くの漁業協同組合に刺身の盛り合わせを頼む、というのが前夜祭の告知だった。1セット4,000円でだいたい4〜5人前。内容は漁の結果次第と書いてある。あわせて、地元の漁師の指導のもとで魚をさばく体験会も予定されていた。20日の即売会が終わったあとも、その日の宿泊者向けに18時から後夜祭がある。
サイトの一番上に書いてあるのは、映画の台詞
公式サイトでイベント名の真上に置かれているのが、英語の一文だ。
If you build it, he will come.
1989年の映画『フィールド・オブ・ドリームス』に出てくる台詞で、日本語版では「それを作れば、彼がやって来る」。アイオワの農場主レイ・キンセラがトウモロコシ畑で謎の声を聞き、畑を潰して野球場を作る話の発端になる言葉だ。周囲には笑われるが、球場を作ると本当に人がやって来る。
そしてサイトのトップには、主催者の言葉としてこう書かれている。「完璧なもてなしはできないかもしれない。せっかく来てもらっても何もないかもしれない。だけどもみんなに日本の果てに来て欲しい。そんな気持ちで即売会をやりたいと思ってます」。人口2,143人の島の寺に机を10脚並べたら、全国から45サークルが集まる話になった。台詞の引用としてはかなり正確に効いている。
来年もやるつもりらしい
公式サイトの「過去のイベント」ページには、まだ何も載っていない。書いてあるのは「第一回の開催を待機中…」の一言だけで、つまり2026年が第1回にあたる。トップページには「次回開催に向けて、サイト内整理中。。。」とも出ている。北海道新聞によると、主催者は礼文島の秋の新しい目玉イベントにしたい考えだという。
コミケ108が26万人を集めたのと同じ年に、参加費がお賽銭でもいい即売会が日本最北の島で立ち上がっている。規模の話をすれば比べものにならないのだが、刷りすぎた同人誌を国会図書館に納本するのと似た種類の面白さがある。本を作る人たちは、置き場所として変なところを探すのが好きなのだ。
来年行く気があるなら、押さえるべきは稚内行きの最終フェリーの時刻と、島でATMがゆうちょしかないことの2つだと思う。