「緑い」と言わない理由は、単独で「い」が付く色が赤青白黒の4つだけだった
「赤い」「青い」とは言うのに、「緑い」とは言わない。言われてみればそうなんだけど、理由を即答できる大人はたぶんそんなにいない。Fischer’sのンダホさんが2026年9月11日の17時58分にXへ投げたのがこの疑問で、出どころは6歳の息子だった。
投稿は9月12日夕方の時点で表示950万回、いいね4万、リポスト1,151、ブックマーク2,528。返信は311件ついた。「教えて詳しい人ーーー!!」という丸投げがハマって、リプ欄がそのまま国語の時間になっている。
そのまま「い」が付く色は、赤・青・白・黒しかない
まず口に出してほしい。赤い、青い、白い、黒い。ここまでは全部いける。緑い、紫い、桃い、灰い。急に全部おかしくなる。
国語辞典編纂者の飯間浩明さんは、新潮社のウェブマガジン「考える人」の連載「ピンクい」で、この4つを日本語の基本的な色名と呼んでいる。赤い・青い・白い・黒いとは言えるのに、緑い・紫いとは(普通は)言わない。緑や紫は「緑(色)の」「紫(色)の」のように、後ろへ「の」を付けて名詞として使うしかない。
飯間さんは使い勝手の差にも触れていて、「ミカンが橙色になる」より「ミカンが赤くなる」、「緑色の葉っぱ」より「青い葉っぱ」のほうが短くて楽だと書いている。形容詞の形を持っている4語は、その分だけ現役で回り続けているわけだ。ちなみに昔は「赤い」ではなく「赤し」で、「い」のほうがむしろ新しい形になる。
「黄色い」「茶色い」は色名に“色”をはさんでから「い」が付いた
ここで必ず「黄色いは?」「茶色いもあるじゃん」というツッコミが入る。実際そのとおりで、この2つは「い」が付く。ただ、形をよく見ると赤い・青いとは作りが違う。
「黄い」でも「茶い」でもなく、「黄色」「茶色」と“色”を足してから「い」が付いている。色名そのものに「い」が付いているのは、やっぱり赤・青・白・黒の4語だけということになる。
飯間さんによると、「黄」という色名は平安時代の『枕草子』『源氏物語』に〈黄なる〉の形で出てくる。語源は「木」で、切り口の色を指すという説明を挙げている。一方で形容詞の「黄色い」が登場したのは明治維新の頃の模様、とのこと。古代からある「赤い」「青い」と比べると、だいぶ後ろだ。
「茶色い」はもっと新しい。飯間さんは「登場したのは戦後で、最初はまだ奇異に思われていました」と書いている。今では誰も引っかからずに使っている言い方が、80年ほど前には変な日本語あつかいだった。
4語だけが特別な理由は、古代の色名までさかのぼる
では、なぜ赤・青・白・黒だけが形容詞の形を持っているのか。ここでよく引かれるのが、佐竹昭広の論文〈古代日本語における色名の性格〉だ。
コトバンクに載っている世界大百科事典(旧版)の解説によれば、この論文が指摘したのは2点。「古代日本人にとって本来的な色名がアカ,クロ,シロ,アオの4種に限られること」と、「前記4種以外の古代日本語の色名であるミドリ,ムラサキ,ハネズ,ハナダ,ニ,ソホなどがすべて古代生活における染色法と密接に結びついていること」。この2点を指摘したことで、しばらく国語国文学界の先駆的役割を果たしつづけた、と書かれている。
勘違いしやすいところなので念のため。これは「昔の日本語には色の名前が4つしかなかった」という話ではない。ミドリもムラサキもハネズもハナダも、古代にちゃんと存在している。ただ、それらは染め物のやり方と結びついた、モノ寄りの名前だった。その外側にある“本来的な色名”とされたのが例の4つ、という整理になる。
話には続きもあって、同じ解説には「その後,大野晋によって,シロを除くアカ,クロ,アオの基本的色名3種もまた染料,顔料による命名であるとの修正意見が出され,これが大方の承認を得るに至った。」とも書いてある。出どころをたどれば4つのうち3つも染料・顔料に行き着く、ということらしい。
じゃあ何が4つを特別にしているのかというと、結局は現代まで残った「い」の形をこの4語だけが持ち続けている、という一点になる。緑が新しい色だから「緑い」と言えないのではなく、ミドリという語が形容詞のルートに乗らないまま来た、という順番だ。日本語の「青」がもともと緑まで飲み込んでいた話は、「青信号」なのに緑な理由のほうにまとめてある。
リプ欄には解説が並び、「緑い」を使う地域の人まで現れた
311件の返信でいちばん伸びたのは、にしやまKた(@nishiyama_keita)さんの回答で、いいね10,408、表示は110万回を超えている。日本の「色」は青・赤・白・黒(玄)の四種類に大別されていて、だからそれぞれに「い」をつけるだけで済むようにした、という説明だった。上で見たとおり正確には「本来的な色名がその4つ」で、他の色名が無かったわけではない。ただ、6歳への答えとしてはこの粒度がちょうどいい気もする。
じょうたろう(@OnojoOnojojcity)さんの返信も2,260いいねまで伸びていて、色を4グループに分けている。①赤・青・白・黒の「い」を付けられるグループ、②黄・茶などに「色」を付けた上で「い」を付けられるグループ、③桃・ねずみ・にびなど、本来別の意味を持っていたものに「色」を付けることで色として成立し「い」は付けられないグループ、④カタカナ。ねずみ色もにび色ももとは色の名前ではなかったという指摘で、ミドリとまったく同じ構図だ。
杏仁太郎(@almondaro1)さんは、やまとことばの「ものの見え方」が2軸だったからだとして「あかし(明・赤)⇔くらし(暗・黒) しるし(著・白)⇔あわし(淡・青)」を挙げていた。この明暗のペアで説明する形は解説記事でもよく見かける。ただ今回あたった世界大百科事典の項目には書かれていなかったので、ここでは返信のひとつとして置いておく。
そして、場がいちばん動いたのがこれだった。
「物心ついた頃から、緑い、ピンクいって言ってきた愛知県民、これも方言だと知ってビビる」(りん☆/@applingcb さん)
もかまたり(@moka_matari_)さんも、東海地方の方言では「緑い」と言うことがあり、「黄い」「ピンクい」も使うと書いている。標準語では言いませんという話をしていたら、当たり前に言っている人たちが出てきた形だ。
「ピンクい」はいま広がっている最中らしい
方言の話で終わらないのが面白いところで、飯間さんの連載はこの回のタイトルからして「ピンクい」だ。NHKのラジオ番組で、聞いたことはないがそのうち使われるようになるかも、と話したらリスナーから使用例が届いた、という流れだ。
宮城の病院では事務の人が「あのピンクいとこ(ソファー)で話しましょうか」と言った。福井の和菓子屋では「ピンクいのですか」と聞かれた。沖縄在住で使っているという報告もあった。さらに、大学生へ毎年「ピンクい」を使うか質問している先生からは、「年々増加している」「『書くのも可』の人が増えている」という結果が寄せられている。
飯間さんはこの回を「私は不勉強でした。色名の形容詞化は現に進行中のようです。」で締めている。2017年の記事だ。
つまり「い」が付く色は4語で固定されているわけじゃない。黄色いが明治、茶色いが戦後、そしていまピンクいが広がりかけている。ンダホさんの息子の「緑い」も、日本語としてありえない形というより、順番待ちの列に並んでいるほうが近い。
色の名前が人の感覚をどれだけ引っ張るかという話では、かき氷のシロップが全部同じ味というのもある。赤いイチゴと緑のメロンで味が変わって感じるのと、緑には「い」が付かないのと、どっちも色の名前が勝手に仕事をしている例だ。
6歳に返す答えとしては、赤・青・白・黒は特別に古い色の名前で、緑はもともと色じゃなくてモノの名前だったから、あたりが落としどころだろうか。そのあとに「でも愛知だと緑いって言うらしいよ」を足すと、もう一往復増える。