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75円払いに「時蕎麦」とツッコミ、落語「時そば」で浮くのは1文だけ

「二八」と書いた行灯を下げた、江戸の担ぎ屋台のそば屋を再現した展示。落語「時そば」の舞台になる夜鷹そばはこういう屋台だった
画像: 江戸時代のそばの屋台を再現した展示(CC BY 2.5 / DryPot, via Wikimedia Commons)。当サイトで縮小・切り抜きをしています

落語「時そば」で客がごまかすのは、16文のうちたった1文です。

5円足りない支払いに「時蕎麦」とツッコまれた人の投稿がきっかけで、この噺を調べる人が増えています。

5円足りなくて「時蕎麦」

投稿したのは魔女Mequeさん(@Meque_witchlady)です。80円払うつもりが、10円玉と5円玉を取り違えて75円しか出していませんでした。

店員さんに言われて初めて気づいたところ、一緒にいた人が横からひと言「時蕎麦」。

本人の返しは「今何時だい…いやわざとじゃないんですよ」。ボケに即ボケで返していて、会話としてきれいに成立しています。

投稿は「ああ、教養って要る!って思いました」「あったほうが楽しいから」で締められていました。約1.8万いいねが付き、Yahoo!リアルタイム検索では「時蕎麦」が急上昇ワードに入っています。

ツッコミの意味が分からず検索した人も多そうなので、元ネタの噺を順に見ていきます。

時そばのあらすじ

舞台は江戸の夜です。往来を流して売り歩く夜鷹(よたか)そばの屋台を、ひとりの男が呼び止めます。

男はそばを食べながら、とにかく屋台を褒めちぎります。で、勘定を聞くと16文。

ここからが本題です。男は小銭を1枚ずつ、そば屋の手のひらに数えながら置いていきます。

ごまかしは数え方の途中

日本大百科全書(ニッポニカ)に載っている流れは、こうです。

そば屋が答えた「九つ」を、男はそのまま自分の数に乗っけて「十」から数え直します。9枚目の1文は、置かれないまま消えています。

浮いた額は1文だけ。75円払いが「時蕎麦」と言われたのは、ちょっとだけ足りない払い方がそっくりだったからです。

ちなみに平凡社の世界大百科事典(興津要)が紹介している型では、「むう(六つ)」のあとで時刻を聞いて「八つ」と答えさせ、2文ごまかしています。演者や本によって細部が違うので、1文の型がいちばんよく知られている形、くらいに思っておくとよさそうです。

真似した男は損をする

この噺はごまかして終わりではありません。一部始終を見ていたぼんやりした男が、さっそく真似をします。

ところが呼び止めたそば屋はまずくて汚く、褒めるところが見つかりません。それでも勘定で「八つ、何刻だい」と聞くと、答えは「へえ、四つで」。

男は素直に「五つ、六つ、七つ、八つ…」と数え直してしまい、損をして幕になります。そのまま「十六」まで数えたとすると、1〜8の8文に「五つ」からの12文が乗って20文。4文多く払ったことになります。

元は上方の「時うどん」

時そばはもともと東京の噺ではありません。ニッポニカによると、明治中期に3代目柳家小さんが、上方(かみがた)落語の『時うどん』を東京へ移しました。

大阪で聞くとうどん、東京で聞くとそば。舞台の麺が土地で入れ替わっているわけです。

ネタそのものはさらに古く、原話は『軽口初笑(かるくちはつわらい)』(1726年)、『坐笑産(ざしょうみやげ)』(1773年)、『富久喜多留(ふくきたる)』(1782年)などにあります。

国立国会図書館のレファレンス協同データベースの回答でも、享保11年(1726年)の『軽口初笑』にある「他人は喰より」などが原話として挙げられています。300年前から「代金をちょろまかす話」は笑いのネタだったことになります。

3代目小さんのあとも、7代目三笑亭可楽や3代目桂三木助が得意にし、いまも演じる人の多い定番です。

「時蕎麦」で通じる会話

今回の投稿がウケたのは、5円足りないという小さなミスに、300年ものの噺が一語でぴったりハマったからだと思います。

言った側も、言われた側も、同じ噺を知っていたので「今何時だい」と返せました。どちらかが知らなければ、ただの気まずい会計で終わっていたはずです。

小銭が足りなかったとき、横で「時蕎麦」と言われたら「何刻だい」と返してみてください。通じたら、たぶんその人とは話が合います。

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