Ado新曲「患者A」の作詞作曲は憧れと公言した倉橋ヨエコ
Adoが10月24日20時に配信した新曲「患者A」は、作詞作曲もプロデュースもヨエコ(旧名・倉橋ヨエコ)が手がけた曲だ。
Adoが憧れだと話していた人が、Adoのために書き下ろした形になる。
作詞作曲はヨエコ本人
Adoの公式スタッフアカウントの告知には、書き出しに「Ado『患者A』 サプライズ配信スタート」とあり、そのすぐ下にクレジットが並んでいる。
MVの公開は20時で、告知の投稿は20時7分。誕生日の夜に予告なしで出てきた曲だった。
動画の概要欄には演奏陣も載っている。ピアノが菅原敏、ベースが井上亮、ドラムが渡邊雅之の3人はいずれもRe-trickの所属で、弦楽器が4人、サックスとトランペットも入る。コーラスにはヨエコ本人の名前もある。
概要欄の一行目は「ずるさは強さなんでしょう」。歌詞の一節とみられる。
Adoが話していた憧れ
「作詞作曲が倉橋ヨエコ」と聞いてピンときた人は、Adoの発言を覚えていたのかもしれない。2024年8月18日放送のテレビ朝日系『EIGHT-JAM』で、Adoは憧れのアーティストをこう話していた。
「アーティスト像にとても憧れを抱いていたのは、やっぱり椎名林檎さんだったり、倉橋ヨエコさんっていう方」
出典はモデルプレスの番組採録。
同じ番組でAdoは、デビュー前に歌い方を身内に疑われて落ち込んだ話もしている。そのあとに、こう続けた。
「『私は私で好きにやってるのに…』と思いながら落ち込んでた時に、林檎さんとか倉橋ヨエコさんの歌や歌声を聴くと『なんてかっこいいんだ!私もこうなりたい』と思わせてくれたので、ただ単に大好きですね」
WikipediaのAdoのページにも、歌い方はメガテラ・ゼロと倉橋ヨエコから強い影響を受けたとAdo自身が述べている、という記述がある。
一度“廃業”したヨエコ
ヨエコは1976年生まれで愛知県の出身。2000年にミニアルバム『礼』で、倉橋ヨエコとしてデビューした。2005年にはアルバム『ただいま』でメジャーデビューしている。音楽は「ジャズ歌謡」「シャバダ歌謡」と表現されてきた。
その後、2008年4月30日に“廃業”を宣言。同年7月20日の東京キネマ倶楽部公演で、本当に“廃業”した。
活動を再開したのは2023年7月1日で、名前を「ヨエコ」に改めている。同じ年の9月にはアルバム『ニューヨエコ』を出した。詳しい経歴はWikipediaのヨエコのページにまとまっている。
つまり「患者A」は、再開後のヨエコが他のアーティストに書いた曲ということになる。
ヨエコ本人の投稿
作者本人も、MV公開の12分後(20時12分)にXで報告している。
投稿によると、制作を始めたのは去年の夏。「大切に温めていた渾身の一曲」だという。
本人は統合失調症という持病があって入退院を繰り返してきたそうで、その実話も曲に込めたと書いている。そのうえで、Adoの表現力で力がみなぎるアッパーな歌になった、という書きぶりだった。
6周年の翌日に出た曲
Adoは前日の10月23日に、デビュー6周年の投稿をしている。17歳最後の日にデビューした、という内容だ。
その翌日が24歳の誕生日で、そこに合わせて曲が出た。
2020年のデビュー曲「うっせぇわ」がストリーミング5億回を超えた話は、この秋に書いたばかり。
あの曲から6年、憧れの人に曲を書いてもらうところまで来た。