「消防車が届くのは10階まで」マンション反対の横断幕、はしご車は最大40.7m
マンションの建設反対の横断幕といえば、だいたい「日照権を守れ」とか「住環境を壊すな」あたりが相場だと思う。ところが、そこに下がっていたのは消防車の話だった。
9月15日の14時33分、あまじろーさん(@Tempaku_Danji)が「あまり見たことない理由でマンション建設反対されてる」と書いて写真を2枚投稿した。工事現場の仮囲いに結ばれた黄色い横断幕には、大きく「18階マンション 建設反対」、その下に小さく「消防車が届くのは10階まで」。差出人は「宮町自治会」で、右下には手書きで「有志」と添えられている。この投稿は表示721万を超え、いいねは4.3万、リポストは2,030に達した。
言われてみると、消防車のはしごが何階まで届くのかを知らないまま生きてきた。せっかくなので調べてみたら、横断幕の「10階」という数字の出どころも、そこから先の話も、けっこう面白かった。
現場は熊谷の18階建て、高さは55.31m
2枚目の写真には、現場に立てられた「建築計画のお知らせ」の標識が写っている。拡大すると数字まで読める。建築敷地の地名地番は熊谷市末広一丁目19番1ほか、建築面積617.64㎡、延べ面積8,736.83㎡、用途は共同住宅(分譲)。そして建築物の高さが55.31m、階数及び棟数は18階1棟だ。標識の設置は2024年11月と書かれている。
標識の下には、この標識が「熊谷市中高層建築物の建築に係る紛争の防止及び調整に関する条例第9条第1項」に基づいて設置されたものだ、という注記もある。高い建物を建てるときは計画を先に貼り出しなさい、という熊谷市のルールだ。
物件はサンクレイドル熊谷中央公園。公式の物件概要によると、所在地は埼玉県熊谷市末広1丁目19-1、鉄筋コンクリート造の地上18階建てで総戸数100戸、JR熊谷駅から徒歩10分。売主は株式会社アーネストワンとファーストコーポレーション株式会社で、施工はファーストコーポレーション・小林工業協同企業体。引渡し可能年月は西暦2028年3月下旬、販売の予定時期は西暦2026年9月下旬となっている。つまり、ざわついているこの時期がちょうど売り出しの直前にあたる。
はしご車は最大で40.7mまで伸びる
では本題の、消防車はどこまで届くのか。東京消防庁の「40メートル級はしご車」のページに諸元が載っている。
外国製の最大地上高が40.7m、日本製が40.5m。全長は10.7m前後、車両総重量は17.1トンから20.6トンで、乗車定員は6名だ。同庁のはしご車は1種類ではなく、ページには「当庁のはしご車には、地域の建物特性に応じて30m級と40m級があります。40m級はより高い建物で活動することができます」と書かれている。街によって配備されているものが違う、ということでもある。
ここで注意したいのは、公式ページのどこにも「何階まで届く」とは書かれていないことだ。階の高さは建物ごとに違うので、メートルを階数に直した数字は媒体によって11階だったり13階だったりと幅がある。横断幕の「10階まで」もこの換算のひとつで、公式が出している数字ではない。はしご車を建物にぴったり寄せられるかどうかも現場の条件次第なので、机の上の計算どおりにいくとも限らない。
31mを超える建物には非常用エレベーターが義務づけられている
じゃあ、はしごが届かない高さの建物はどうなっているのか。ここが今回いちばん「へぇ」だった部分で、法律のほうが先回りしている。
建築基準法第三十四条は昇降機についての条文で、その第2項にこうある。「高さ三十一メートルをこえる建築物(政令で定めるものを除く。)には、非常用の昇降機を設けなければならない。」つまり、31mを超えたら、はしご車が届かない前提で消防隊が中から上がっていくための非常用エレベーターを備えなさい、というルールになっている。40m級のはしご車の到達高より、だいぶ手前の高さで線が引かれているわけだ。
はしご車の40.7mより手前で線が引かれているぶん、31mを境にした備えは余裕を見た区分ということになる。高さ55.31mのこの建物も、当然この区分の側に入る。
市長へのメールには700件超の署名の話が残っていた
この場所でのやり取りは、今年になって急に始まったものではない。熊谷市が公開している「市長へのメール」の60 マンション建設予定反対運動についてに、同じ計画についてのものとみられる投書と市の回答が残っている。
投書した市民は「私の実家近くで18階建ての分譲マンションが建設されることになり建設反対運動が起きております」と書き、懸念として「周辺の住宅においては日差しが当たらなくなること」、マンション住民の車の出入りで渋滞が起きる可能性を挙げている。そのうえで「反対運動をしたとしても建設せざるを得ないことは想像はつきますが10階程度に低くできないものかと思います」と続けた。ちなみにこの「10階程度に」という線は、今回の横断幕の数字と偶然そろっている。
投書によると、2025年3月1日に中央公園の緑化センターで説明会が開かれ、地元の自治会の人が「近隣住宅や中央公園など日照の影響があるので、階数を低くして欲しい。」と代弁したという。署名は700件以上集まっていて、説明会では受け取っているとのことだったが、明確な回答は差し控えるとの対応だった。
市の回答は2025年3月19日付で、「お問い合わせいただきましたマンションの建設計画につきましては、民間事業者による計画であるため、回答は差し控えさせていただきます」というもの。あわせて「事業者に対しては、周辺住民の方々の理解が得られるよう、真摯に対応いただきたい旨をお伝えしております」と添えられている。
なお、この投書で挙げられている日照の問題については、高い建物の形そのものを決めてくる規制がある。マンションが階段状になる理由と日影規制のほうも、知ると街の見え方が少し変わる。
「10階まで」は乱暴な数字ではない
横断幕に書かれた「消防車が届くのは10階まで」は、メートルで見ると乱暴な数字ではない。40m級で最大40.7mという実測値があり、階数に直せば10階前後から10階台前半に落ち着く。一方で、31mを超える建物には非常用エレベーターが義務づけられているので、18階建てだからといって消防が上がる手段がなくなるわけでもない。
安全をどこまで積むべきかという話と、そもそも18階を建てるかどうかという話は別の問題でもある。投稿への反応は表示721万・いいね4.3万・返信113件まで伸びていて、横断幕の一文だけでこれだけ人の手が止まったことになる。あなたの家の近くに同じ幕が下がっていたら、どう思うだろう。
自分の住む街にタワー型の建物が建つとき、日照や渋滞の話は出てきても、消防車の到達高まで調べる機会はなかなかない。横断幕のおかげでひとつ賢くなった気はする。