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二葉亭四迷の名前の由来は自分への「くたばってしまえ」、作家名の由来10人

二葉亭四迷の名前は「くたばってしまえ」のもじりで、罵った相手は自分自身だった。

この由来を含む「作家名の由来」10人分の画像が、10日の夕方からXで回っている。投稿したのは、本の紹介をしているのぞ子さん(@hondana_nozoco)。いいねは11日時点で9万1千を超えた。

添えられた一言は「作家名の由来、発想が自由すぎる」。並んでいるのは江戸川乱歩、二葉亭四迷、三島由紀夫、直木三十五、坂口安吾、朝井リョウ、京極夏彦、伊坂幸太郎、石田衣良、西尾維新の10人だ。

画像は1人2行のコンパクトなまとめなので、細かいところは省かれている。気になったものを評伝や本人の文章で当て直したら、画像より話がややこしくて面白い人が何人かいた。

二葉亭四迷は自分を罵った

二葉亭四迷の本名は長谷川辰之助。デビュー作は小説『浮雲』だ。

1887年6月、その第一篇が出る。ところが名義は二葉亭四迷ではなく、坪内雄蔵だった。当時すでに名の売れていた坪内逍遥の本名で、新人の作品を世に出すために名前を借りた形になる。

二葉亭四迷という名乗りは、このとき本の「はしがき」で初めて使われた。Wikipediaの二葉亭四迷の項によると、由来は自分の作品への卑下で、特に逍遥の名を借りて出したことに対して、自分を「くたばって仕舞え」と罵ったことによるとされる。

画像の「自分への『くたばってしまえ』」は、この説明と合っている。漢字にすると「くたばって仕舞え」、口に出すと「くたばってしめえ」で、どれも同じ悪態の書き方違いだ。

父に言われた説は俗説

二葉亭四迷の由来でよく聞くのが、文学に理解のない父親に「くたばってしまえ」と言われたという話。親子げんかの捨て台詞をそのまま筆名にした、というほうが話としては分かりやすい。

ただ、同じ項ではこれを俗説と書いている。典拠に挙がっているのは本人の回想『予が半生の懺悔』だ。父に言われた説より、他人の名前で本を出した自分への嫌気のほうが本人の話に近い。

デビュー作を出した瞬間に「くたばってしまえ」と自分に言って、その名前で残りの作家人生を送った。自虐としてはかなり年季が入っている。

三島由紀夫は先生が名付けた

画像では、電車で通った「三島駅」と車窓の富士山の「雪」を合わせたと紹介されている。これは国語教師の清水文雄の回想と同じ筋だ。

三島由紀夫のWikipediaによると、当時16歳だった平岡公威に筆名を使わせたのは、清水ら『文藝文化』の同人たちだった。伊豆の修善寺からの帰りに三島を通ったことと、富士の白雪から「ゆきお」を思いついた、というのが清水の側の話になる。

本人の説明は少し違う。1953年に東京新聞に書いた「私のペンネーム」では、本名だと学生としてまずいという先生の意見でペンネームを作ることになったと書いている。

先生の机上にあつた何かの名簿を繰つて、三島といふのを探し出したのである。

名前のほうも、本人は伊藤左千夫のような古風な名前がほしかったらしい。「由紀雄」に落ち着いたところで先生に「夫」のほうがいいと言われ、そう改めたという。

さらに父の平岡梓は、電話帳を適当に開いたページが「三島」だったと書き残している。駅、名簿、電話帳。1人の名前に由来が3つあって、どれも名付けの場に近い人の証言だ。

直木三十五は「三十四」を飛ばした

直木三十五の本名は植村宗一。「直木」は「植」の字を分解したもので、「三十五」は年齢から来ている。

直木三十五のWikipediaによると、31歳で「直木三十一」と名乗り、誕生日が来るたびに三十二、三十三と変えていった。ここまでは画像のとおり。

問題は34歳のとき。本人は「三十四」と書いたのに、編集者が勘違いで「三十三」に直してしまい、本人も訂正しなかった。そのあと「三十三」を嫌って三十五に改め、そこで変えるのをやめている。

つまり直木三十四は、ほぼ世に出ていない。三十五で改名をやめた理由には説が2つあり、ひとつは「三十六計逃げるに如かず」と茶化されるのが嫌だったという話、もうひとつは菊池寛に「もういい加減やめろ」という趣旨の忠告を受けたという話だ。どちらにしても、直木賞の名前は「三十五」で止まったおかげで決まっている。

坂口安吾は「暗吾」から

坂口安吾の本名は坂口炳五(へいご)。丙午(ひのえうま)の年に生まれた五男なので炳五になった。

坂口安吾のWikipediaによると、中学の漢文の教師に「お前なんか炳五という名は勿体ない。自己に暗い奴だからアンゴと名のれ」と言われ、黒板に「暗吾」と書かれたとされる。

先生に暗いと言われた名前を、字だけ「安」に変えて一生使った。二葉亭四迷と並べると、悪口を自分の看板にした作家がこの10人の中に2人いる。

伊坂幸太郎は画数が一致

画像では、伊坂幸太郎は先輩作家の西村京太郎の画数をそのままなぞって考えた、と紹介されている。数えてみると、たしかに1字ずつそろう。

5文字とも同じ画数で、「太郎」は字そのものが同じだ。ただ、伊坂幸太郎本人が狙ってそうしたのかは、今回あたった範囲では本人の発言が見つからなかった。偶然というには揃いすぎているが、「考案した」かどうかは画像の紹介どおりとしておく。

残りの5人

江戸川乱歩は、本名を平井太郎という。筆名がエドガー・アラン・ポーにちなむことは、観光庁の多言語解説文データベースにある「江戸川乱歩館」の解説にも書かれている。「エドガワランポ」と声に出すと、たしかにポーに聞こえる。

石田衣良の本名は石平庄一(いしだいら しょういち)。筆名は名字の読みに字を当てたもので、画像のとおり、本名の電話でも筆名の電話でも「いしだいらです」で通じる。

西尾維新は、訓令式のローマ字で書くと nisioisin になる。前から読んでも後ろから読んでも同じ回文で、大文字の NISIOISIN は図形としてひっくり返しても同じ形に見える。

朝井リョウは、画像では「あ行のほうが書店で見つけやすいから」と紹介されている。京極夏彦は、京と極が大きい数の単位、夏(ナノ)と彦(ピコ)が小さい数の単位という説だ。どちらも画像の説明で、京極夏彦のほうは画像自身が「説がある」と書いている。今回は一次の資料までは確かめられなかったので、紹介にとどめておく。

10人を並べて分かること

10人を分けると、自分か誰かの悪口から来た人(二葉亭、安吾)、数字に振り回された人(直木)、言葉遊びの人(乱歩、石田、西尾)に分かれる。三島は、先生と本人と父親で話が食い違っている。

由来がはっきり1つに決まる人のほうが少ない。名前を聞いたことのある作家ほど、検索すると別の説が出てくるので、気になった人は元の評伝まで追いかけてみると面白い。

文豪の有名エピソードを原典で当て直した記事に文豪エピソードの原典検証がある。名前の由来つながりでは、ちいかわ「ハチワレ」の名前の由来もある。

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