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『ツァラトゥストラはこう言った』と『かく語りき』は同じ本、訳者違いが理由

頬杖をついて横を向くフリードリヒ・ニーチェ。『ツァラトゥストラ』第1部を出す前年、1882年ごろの写真
画像: 1882年ごろのフリードリヒ・ニーチェの肖像写真(Public domain / Gustav-Adolf Schultze (d. 1897), via Wikimedia Commons)

『ツァラトゥストラはこう言った』と『ツァラトゥストラはかく語りき』は同じ本です。原書はニーチェの1冊で、題名を決めたのが別の訳者というだけでした。

きっかけは10月1日の夜、本屋で岩波文庫の棚を撮った投稿です。

投稿者の@CUedh1さんは、ずっと「かく語りき」で覚えていたので「こう言った」を見て少し驚いた、と書いています。いいねは6,589件、返信は103件まで伸びました(取得時点)。

写真に写っているのは岩波文庫の『ツァラトゥストラはこう言った』上下巻です。訳者は氷上英廣(ひかみ・ひでひろ)で、どちらにも緑色の帯が巻いてあります。

「かく語りき」と言ってることは同じ

ドイツ語の原題は『Also sprach Zarathustra』です。ニーチェが1883年から1885年にかけて全4部で出しました。直訳すると「ツァラトゥストラはこのように語った」くらいの意味になります。

「かく」は古い言い方で「このように」、「語りき」の「き」は過去を表す古文の助動詞です。つまり「かく語りき」を今の言葉に直すと、ほぼ「こう言った」になります。

文語で訳すか、口語で訳すか。違いはそこだけで、中身が別の本になったわけではありません。

岩波文庫は1967年から「こう言った」

ここでちょっと意外なのが、岩波文庫の「こう言った」が新訳でも改題でもないことです。

氷上英廣訳の岩波文庫版は、上巻が1967年1月、下巻が1970年1月に出ています(書誌データベースopenBDの刊行年)。半世紀以上、ずっとこの題で棚に並んできた本です。

では、なぜ今になって目に留まったのか。写真の緑帯には「二〇二六 岩波文庫フェア」と書かれています。

岩波書店が今年5月に始めた2026年岩波文庫フェア「名著・名作再発見! 小さな一冊をたのしもう」の対象書目に『ツァラトゥストラはこう言った』の上下巻が入っています。新しいフェア帯を巻いて棚に並んでいたので、目に付きやすかったはずです。

題名は訳者の数だけある

日本では何人もの訳者がこの本を訳していて、題名もそれぞれ違います。いま文庫で手に入るものだけでも、大きく分けて4つの系統があります。

題名訳者レーベル
ツァラトゥストラはこう言った氷上英廣岩波文庫
ツァラトゥストラはこう言った森一郎講談社学術文庫
ツァラトゥストラかく語りき佐々木中河出文庫
ツァラトストラかく語りき竹山道雄新潮文庫
ツァラトゥストラ丘沢静也光文社古典新訳文庫
ツァラトゥストラ手塚富雄中公文庫
ツァラトゥストラ吉沢伝三郎ちくま学芸文庫

新潮文庫の竹山道雄訳は『ツァラトストラかく語りき』で、「ゥ」が入りません。検索するときに地味に引っかかるポイントです。

同じ「かく語りき」でも、河出文庫の佐々木中訳『ツァラトゥストラかく語りき』は2015年の文庫完全新訳で、表記は「ツァラトゥストラ」です。

「こう言った」も岩波だけではありません。講談社学術文庫の森一郎訳『ツァラトゥストラはこう言った』も同じ題を選んでいます。日本語版Wikipediaの項目名はさらに別で、白水社の薗田宗人訳と同じ「ツァラトゥストラはこう語った」です。

昔はもっとバラバラだった

さかのぼると、訳題はさらに自由になります。日本語版Wikipediaにまとめられている戦前の訳書だけでも、こうなっています。

  • 生田長江訳『ツァラトゥストラ』(新潮社・1911年)
  • 登張竹風訳『如是経』(1921年)
  • 加藤一夫訳『ツァラトゥストラは斯く語る』(春秋社・1929年)

『如是経』の「如是」は漢文で「かくのごとく」、つまり「このように」という意味です。お経の書き出しの決まり文句「如是我聞」と同じ字で、原題の「Also(このように)」をお経風に置き換えた題とみられます。

「かく語りき」が耳に残っている理由

本を読んだことがなくても「かく語りき」のほうが聞き覚えがある、という人は多いはずです。これは本よりも音楽の影響が大きいとされています。

リヒャルト・シュトラウスが同じ題で交響詩を書いていて、その冒頭のファンファーレがキューブリックの映画『2001年宇宙の旅』(1968年)で使われました。「パーーー、パーーー、パーーー、パパーン!」というあの曲です。日本ではこの曲が「ツァラトゥストラはかく語りき」の名前で知られています。

ゲームでも『ゼノサーガ エピソードIII[ツァラトゥストラはかく語りき]』があり、題名だけはこっちで覚えた人もいそうです。

ちなみに、ニーチェの言葉でいちばん有名な「神は死んだ」も、この本の序説に出てきます。ボカロ曲「神っぽいな」の「ゴットイストトート」がこのドイツ語です。

本屋で見かけたら

「こう言った」と「かく語りき」は、同じツァラトゥストラの話を、口語で訳したか文語で訳したかの違いでした。どれを読んでも中身は同じニーチェです。

ただ訳者ごとに文章の手触りはかなり違うので、気になったら本屋で何冊か冒頭を読み比べてみると面白いです。岩波文庫の棚で緑の帯が巻かれていたら、それが今回ざわついた「こう言った」です。

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