新種クリオネ「イクオネ」、名前の由来は写真家・中村征夫
「流氷の天使」クリオネの仲間に、新種が1つ増えた。北海道で「イクオネ」と呼ばれてきた生き物で、学名は Clione ikuoi。由来は水中写真家の中村征夫さんの名前だ。
朝日新聞によると、これで世界のクリオネは6種目になる。海洋生物の学名データベースWoRMSでも、クリオネ属(Clione)の有効な種はイクオネを含めて6つ並んでいる。
由来は写真家の「征夫」
愛称の元になった中村征夫さんは、81歳の水中写真家だ。1990年代、知床半島の海に潜ったとき、水深10メートルほどのところで2匹がペアになって漂っているのに出会った。
その写真は、1995年に朝日新聞社から出た写真集『カムイの海』の表紙を飾っている。
「イクオネ」と名付けたのは、知床で現地ガイドをつとめる水中写真家の関勝則さん(72)たちだ。征夫(いくお)+クリオネで、イクオネ。ダイバーの間ではこの呼び名が定着していった。
本人は最初、乗り気ではなかったらしい。朝日新聞の取材に、中村さんはこう話している。
自分の名前がつくなんて、おこがましい。最初のうちは抵抗感がありましたよ
今では「照れくさいけど、この生き物のニックネームとして、ずいぶん浸透してしまいましたね」とも語っている。
学名にも「イクオ」が入った
新種として記載したのは、東洋食品研究所の山崎友資さんと、共著者の桑原隆さんの2人。論文は2026年7月に Journal of Asia-Pacific Biodiversity で公開された。
種小名の ikuoi は、ダイバーの愛称をそのまま学名に引き継いだ形になる。ニックネームだったものが、正式な学名にも残ったわけだ。
別属の生き物とされていた
イクオネはこれまで、Paedoclione doliiformis という別属の種と同じものだと考えられてきた。この種は1907年にアメリカ・メイン州のカスコ湾で記載されたものだ。
ウミウシ類の写真データベース「seaslug.world」によると、属名の Paedoclione は「幼い」を意味する paedo- とクリオネを合わせたもの。つまり「子どものクリオネ」という名前の、クリオネとは別のグループに入れられていたことになる。
同じデータベースの日本語版の属ページには、「DNAによる最新知見では同属であるとされる」という注記も付いていた。今回の論文の題名にも「previously assigned to Paedoclione doliiformis(これまで P. doliiformis とされてきた)」と書かれている。
決め手は触手の本数
別属扱いの理由は、頭から出す捕食用の触手「バッカルコーン」の数だった。クリオネ類はこれが6本ある。イクオネは4本とされていて、属のレベルで違う生き物という扱いになっていた。
ところが東洋食品研究所と北海道立オホーツク流氷科学センターのチームが調べ直すと、イクオネにも6本あった。遺伝子の解析でも、クリオネ類の一員とすべきという結果が出ている。
見た目も少し違う。普通のクリオネ(ハダカカメガイ)に比べて、イクオネは体の輪郭がふっくら丸い。アクアマリンふくしまの解説では「尾が矢↓の形をしています」と紹介されていた(現在は展示していない)。
和名も一度付け替えられている
名前の行き違いは学名だけではない。和名の「イクオハダカカメガイ」は、2000年の『日本近海産貝類図鑑』では別の種に当てられていた。
seaslug.world の記述では、2017年になってこの和名が P. doliiformis、つまりイクオネのほうへ付け替えられたという。愛称と和名と学名がようやく同じ生き物を指すようになったのが、今回の記載だ。
6種のうち3種が同じ研究者
WoRMSに載っているクリオネ属の6種を並べると、こうなる。
- Clione limacina(1774年)
- Clione elegantissima(1871年)
- Clione antarctica(1902年)
- Clione okhotensis(2017年)
- Clione japonica(2025年)
- Clione ikuoi(2026年)
WoRMSの有効種で見ると、1902年のあと100年以上増えていなかったのに、ここ10年で3種が足された。その3種はどれも山崎友資さんが記載に関わっている。オホーツク海の okhotensis と、日本の名を持つ japonica に続いて、今回の ikuoi だ。
名前の響きで二度見
ニュースが流れた朝、Xでは「イクオネ」という名前の響きで二度見した人もいたようだ。実際の由来は人の名前で、しかも本人が照れているというオチがついている。
ダイバーの間のあだ名が、学名にまでなった。北海道の海でふっくら丸いクリオネの写真を見かけたら、それがイクオネかもしれない。
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