「毛無峠の看板」はリニューアル済み、汚れの正体はダメージ加工の印刷
毛無峠の「群馬県」看板は、実はもう新品だ。あの汚れは、県がわざと印刷したダメージ加工になっている。
10月9日の夕方、毛無峠を訪れた西園寺さん(@SAIONJI_com)が現地の写真を投稿した。「めちゃ新しいのに世界観守るために汚れ加工されてる」という一言に、3.3万を超えるいいねが付いた。
写真には、荒れた地面の上に看板が3枚並んでいる。左が「関係者以外立入禁止」、真ん中が「群馬県 Gunma Pref.」の県境標識、右が通行止めの標識だ。
グンマー帝国の入口
毛無峠は、群馬県嬬恋村と長野県高山村の県境にある峠で、標高は約1,800mある。木がほとんど生えていない荒涼とした景色が名前の由来どおりに広がっている。
ここが有名になったのは、看板のおかげだ。県土整備部の報告書は、こう書いている。
劣化した標識と荒涼とした風景の組合せが,インターネット上で話題となった、群馬県を秘境的に表現する俗称「グンマー帝国」のイメージと結びつき,標識そのものが,秘境グンマー帝国の入口として「見に行く対象」として注目されるようになった.
県の公式文書に「グンマー帝国」と書いてあるのがまず面白い。看板そのものが観光名所になっていた、と県も認めている。
2024年には読めなくなった
問題は、看板が本当に読めなくなってきたことだ。報告書によると、2016年頃は文字がかろうじて読めたが、2024年には塗膜の剥離や変色が進み、判読困難になった。
県境標識はあくまで道路の標識なので、読めないのは困る。かといって、普通の新品に替えると「見に行く対象」としての価値が消えてしまう。
この板挟みを担当したのが、群馬県中之条土木事務所だ。更新したのは、県境標識と通行止め標識の2基。写真の左にある立入禁止の看板は、今回の更新対象に入っていない。
3つの案を比べた
土木事務所は、次の3案を並べて比べた。
- 通常更新案(ふつうの新品に替える)
- 新旧併設案(古い看板を残して、近くに新品を立てる)
- ダメージ加工案(新品に、わざと劣化した見た目を付ける)
評価の軸は、表示機能・観光価値・維持管理・国立公園の4つ。いちばん無難に見える新旧併設案は、環境省などとの協議で「標識の乱立を避けるため」許可できないと言われて消えた。毛無峠は国立公園の中にあるからだ。
総合評価は、通常更新が△、新旧併設が✕、ダメージ加工が〇。こうして「新品なのに汚い看板」が正式に選ばれた。
傷は付けずに印刷
最初は、新品の看板に本物の傷や剥がれを付ける方法も考えたという。ただ、耐久性の観点から採用には至らなかった。せっかく替えた看板がすぐ傷んでは意味がない。
最終的には、旧看板にあった「かすれ」や「変色」をグラフィックデザインで描き、印刷する方法になった。見た目はボロボロでも、板そのものは新品というわけだ。
取り替え工事は、県道が冬季閉鎖中の2024年11月14日に行われた。一般にお披露目されたのは、閉鎖が明けた2025年5月21日だ。
投稿は約14倍に
この作戦はちゃんと当たっている。報告書がSNS上の「毛無峠」に関する投稿の数を調べたところ、更新前の2024年5〜8月は831件だったのが、更新後の2025年5〜8月は11,934件になった。約14倍だ。更新後の投稿には看板のダメージ加工のデザインに触れたものが多く、好意的な反応が広がっていたという。
2025年9月に現地で来訪者39人にアンケートを取ると、44%が「看板の更新が来るきっかけになった」と答えた。地元の観光協会が企画した毛無峠の山歩きイベントも、短時間で予約が埋まったそうだ。
古い看板を残すために新しい看板を汚す、という一見ちぐはぐな発想が、結果的に人を呼ぶ理由そのものになった。
行くなら冬季閉鎖に注意
毛無峠へは、長野県側の県道(大前須坂線)から車で上がるのが一般的だ。この道は冬になると閉鎖され、今年は5月20日15時にようやく解除された。看板の取り替えも冬季閉鎖中の11月に行われたくらいなので、秋の終わりには閉まると思っておいたほうがいい。
もうひとつ大事なのが、峠から群馬県側へは抜けられないこと。長野県須坂建設事務所のページには、こう書かれている。
群馬県側で全面通行止のため、車両及び徒歩による毛無峠から群馬県への通り抜けはできません。
群馬県の看板を見に行くのに、群馬県からは行けない。このあたりも含めてグンマー帝国らしい。出かける前は須坂建設事務所の冬期閉鎖のページで最新の状況を確かめておこう。
周辺の観光情報は嬬恋村観光協会、峠の地理はWikipediaの毛無峠の項目が詳しい。看板のまわりの景色は文春オンラインの紹介記事でも写真付きで見られる。
ネタに見えて真面目
「汚れ加工されてるの面白すぎる」という西園寺さんの感想はもっともだ。ただ県の資料を読むと、表示機能・観光価値・維持管理・国立公園の4軸で比べた末の、かなり真面目な判断だとわかる。
群馬県は観光の打ち出し方がうまく、他県が群馬の人気企画を公認でマネするほどだ。毛無峠の看板も、雪で閉ざされる前に一度見ておきたい。