沢村賞2026は阪神・髙橋遥人、7項目の基準で満たしたのは4つ
2026年の沢村賞は、阪神の髙橋遥人投手が初受賞した。7つある選考基準のうち、満たしたのは4つ。それでも全会一致で決まった。
26日に決まった初受賞
選考委員会は10月26日に東京都内で開かれた。選考委員は平松政次、堀内恒夫、山田久志、斎藤雅樹の4氏で、NPB公式は髙橋の初受賞が決まったと発表している。
阪神の投手が選ばれるのは、2003年の井川慶以来23年ぶりになる。この年は斉藤和巳も受賞していて、2人同時だった。
基準7項目との突き合わせ
沢村賞の基準は、2025年10月27日に一部が緩められた。完投が10から8に、投球回が200から180に変わり、2026年から適用されている。
つまり髙橋は、新しい基準になった最初の年の受賞者になる。ほかの5項目は従来のままだ。
そこで髙橋の2026年成績(23登板16勝3敗、防御率1.87)を並べてみた。
奪三振はぴったり150で、1つ少なければ3つしか満たしていなかったことになる。ほかに日本版クオリティ・スタートも引き続き考慮される。
緩めた後の基準でも、登板数と完投数と投球回は足りていない。基準の数字だけを機械的に当てはめるなら、満たしたのは半分強だ。
決め手は勝ち星と防御率
候補はほかに、同じ阪神の村上頌樹とヤクルトの山野太一がいた。日本テレビの報道によると、選考では「勝ち星、防御率、勝率」に大きな重みがあるとして、全会一致で髙橋を選んだ。
その3つはどれも髙橋の強みだった。16勝と勝率.842は、それぞれ最多勝と最高勝率のタイトルになっている。防御率は1.87で、基準の2.50を大きく下回る。
投球回159で四球は17、被本塁打は9だった。伏見寅威とのコンビは最優秀バッテリー賞にも選ばれている。
育成契約まで落ちた2年間
髙橋は2017年のドラフト2位で阪神に入った。今回の受賞の前には、長い空白がある。
- 2021年11月 左肘のクリーニング手術
- 2022年4月 トミー・ジョン手術(左肘内側側副靱帯再建術)
- 2023年6月 左尺骨短縮術と左肩関節鏡視下クリーニング術
- 2023年11月 育成契約(背番号129)
2022年と2023年は2年続けて一軍で投げていない。
復帰は2024年に入ってからだ。4月に二軍戦で893日ぶりに実戦へ戻り、7月に支配下へ復帰した。8月11日には1025日ぶりの勝利を挙げている。
その年は5試合で4勝、2025年は8試合で3勝。そして2026年に23試合まで増えた。
開幕10連勝と1638日ぶりの完封
2026年の髙橋は、開幕から10連勝した。球団では1947年の御園生崇男以来、79年ぶりの記録だった。
3月28日の巨人戦では、9回を2安打で完封している。完封勝利は1638日ぶりだった。4月までに3つの完封を積み、これも球団では若林忠志以来83年ぶりという。
本人はその完封を、印象に残った登板に挙げている。阪神の球団公式サイトに載った受賞コメントは次のとおり。
- 「最初のジャイアンツの時の完封勝利です。9イニング自分がまた投げられたことが本当に嬉しかった。」
本人が一番納得した部分
「成績で一番納得できる部分は」と聞かれた髙橋は、基準に届かなかった項目を挙げた。
「今まで投げられなかった自分がここまで投げられたというところを踏まえて、登板数とイニング数です。」基準を満たせなかった数字が、本人にとっては一番の手応えだった。この話の面白いところはそこだと思う。
続けて「トレーナーさん、理学療法士の方が何年も支えてくれたおかげだと感謝しています」とも話している。
沢村賞については、こう答えた。
- 「すごい人たちが受賞してきた、雲の上にあるような賞ですかね。」
けがを乗り越えての受賞かと聞かれると、「もう駄目なのかなと思う時は何度もありました」と振り返った。来季については「今年だけで終わりたくない」と話している。
沢村賞の名前の元になった人
賞の名前になっている沢村栄治は、戦前の巨人の投手だ。ベースボール・マガジン社の公式アカウントは、1935年の第1次アメリカ遠征の写真を投稿している。
投稿によると、この遠征では全110試合で21勝8敗。現地では「スクールボーイ・サワムラ」と呼ばれて人気だった。
その名前の賞を、完投も投球回も基準に届かなかった投手が、全会一致で受け取ることになった。
今季の巨人の新人左腕の話は竹丸和幸の10勝を書いた記事に、髙橋がいた阪神のこの秋のクライマックスシリーズは「あと一球コール」の逆転負けの記事にまとめてある。
詳しい数字はNPB公式の発表と阪神球団公式の受賞コメントで読める。基準が緩められた経緯は報知の記事、選考の様子は日本テレビにある。