← 一覧へ スポーツ

菊花賞2026は武豊が6勝目、最年少と最年長の勝利騎手が同じ人に

優勝騎手インタビューでマイクを持って話す武豊騎手。周りでカメラマンが撮影している
画像: 2019年のフェブラリーステークスでインタビューに答える武豊騎手(CC BY-SA 2.0 / nakanishi, via Wikimedia Commons)。当サイトで縮小・切り抜きをしています。改変後の画像も同じ CC BY-SA 2.0 で提供します

10月25日の第87回菊花賞を、武豊騎手がゴーイントゥスカイで勝った。1988年に19歳で勝った最年少に続いて、57歳で最年長の勝利騎手にもなった。

菊花賞の最年少と最年長、どちらの記録も同じ人が持っていることになる。

武豊が菊花賞を単独最多の6勝目

JRA公式アカウントは、レースが終わって少し後の16時すぎにこう投稿した。

「ハナ差制してGI初制覇」「武豊騎手は菊花賞歴代最多の6勝目です」とある。ゴーイントゥスカイはコントレイル産駒で、これが産駒のGⅠ初勝利だった。

レースは京都の芝3000mで、18頭立て。勝ちタイムは3分4秒5で、写真判定の末の勝利だった。

2着はバステール(8番人気)、3着はダノンヒストリー(2番人気)。ゴーイントゥスカイは3番人気だった。

最年少と最年長が同じ人

武豊が初めて菊花賞を勝ったのは、1988年のスーパークリークのとき。第49回で、当時19歳だった。これが菊花賞の最年少勝利騎手の記録になる。

そこから38年。今回の第87回で、57歳7か月の武豊が勝った。報知によると、自身のG1最年長勝利記録も更新している。

つまり菊花賞の勝利騎手は、最年少も最年長も武豊ということだ。1988年は昭和、1996年から2005年の3勝は平成、2019年と今回は令和にあたる。昭和・平成・令和の3つの元号で菊花賞を勝った騎手は、武豊が史上初だという。

6勝の内訳は38年分

6勝を並べると、こうなる。

1988年のスーパークリークのときは、直線の入口で前を塞がれたものの、内が開くまで待って抜け出したとされている。

2005年のディープインパクトは、今回の勝ち馬の祖父にあたる。ゴーイントゥスカイの父がコントレイル、コントレイルの父がディープインパクトなので、父子3代の菊花賞制覇になった。

祖父を勝たせた騎手が、孫でも勝ったことになる。

調教師はまだ生まれていなかった

ゴーイントゥスカイを管理するのは、美浦の上原佑紀調教師。ウィキペディアによると、1990年1月の生まれで、2023年に開業した。

武豊が最初に菊花賞を勝った1988年には、まだ生まれていなかった。

ゴーイントゥスカイは、父コントレイル、母ゴーイントゥザウィンドウ(母の父タピット)の牡3歳だ。

勝った本人のコメント

テレ東スポーツが載せたインタビューによると、武豊はゴールの瞬間のことをこう話している。

  • 「ゴールした瞬間は分からなかったんですけど、川田君が悔しがってたので、勝ったのかなと思って」
  • 「良かったです」

ハナ差の写真判定で、本人も着差の瞬間は分からなかったらしい。

今年の菊花賞は、1番人気のロブチェンが皐月賞とダービーに続く三冠をかけて走ったレースでもあった。ABEMA TIMESによると、結果は14着で、史上9頭目のクラシック三冠はならなかった。

インタビューの終盤では、こうも話している。

  • 「ちょっと空気読まなくて申し訳ない気持ちはあるんですけど」
  • 「今日こうやって勝てて、また秋冬に向けて頑張っていこうと思いますので、また応援してください」

夏からあまりいい仕事ができていなかった、という話も続けていた。

ロブチェンの馬名については、別の記事で書いている。「ロブチェン」の馬名の由来は、モンテネグロの国名にもつながる山の名前だった。

勝ち馬にはウマ娘の2頭もいる

1988年のスーパークリークと2000年のエアシャカールは、『ウマ娘 プリティーダービー』に出てくる馬でもある。公式サイトのキャラクター一覧で、スーパークリークとエアシャカールの紹介ページを確認できる。

ゲームでこの2人を知った人は、2頭とも同じ騎手で菊花賞を勝っていたと聞くと、少し見え方が変わりそうだ。ウマ娘の話題だと、ウマ娘のガチャ「ちょこっとひっかけフィギュア」の記事も書いた。

今回のレース結果は、報知(Yahoo!ニュース)とnetkeibaで詳しく読める。レースの公式な成績はJRAの公式サイトにまとまっている。

広告