「ボブは訝しんだ」とは?読み方と元ネタ、ニンジャスレイヤー本編に一度も出てこない理由
言いたいことがあるけれど、自分の名前で言うのは角が立つ。そういうときに使われるのが 「ボブは訝しんだ」 です。疑問だけ口に出して、それを言った責任はボブという知らない人に押し付ける。
「ボブは訝しんだ」とは?
読み方は「ぼぶはいぶかしんだ」。「訝しむ」は不審に思う、怪しむという意味の動詞で、日常会話ではまず使いませんが、この言い回しの中でだけ妙に生き残っています。
使い方は決まっていて、「〜なのでは? ボブは訝しんだ」という2文セットで書きます。前半に自分がうすうす感じている疑問を置き、後半で「そう思ったのはボブであって自分ではない」という体にする。ニコニコ大百科の忍殺語の項目に載っている例文が「やはり読者数サンオクニンというのは嘘なのでは? ボブは訝しんだ」で、これがそのまま型の見本になっています。
効いているのは、疑っている本人が文章から消えることです。「これ嘘じゃない?」と直接書けば喧嘩腰になるところを、三人称の地の文に変換すると、いきなり小説のワンシーンみたいな距離が生まれる。言いたいことは全部言っているのに、言っている人がいない。この責任の逃がし方が便利なので、原作を知らない層にまで広がりました。
疑問を投げっぱなしにするという点では知らんけどと発想が近いですが、あちらは自分で言ったうえで最後に責任を外すのに対して、こちらは最初から他人に言わせています。逃げ方としてはボブのほうが徹底しています。
元ネタ・由来
元は X(Twitter)連載小説『ニンジャスレイヤー』です。本兌有・杉ライカによる翻訳チーム(ダイハードテイルズ)が2010年7月14日に開設した公式アカウント @NJSLYR で連載を始めた作品で、書籍版は2012年にエンターブレインから刊行、2021年8月時点でシリーズ累計170万部。2015年にはTRIGGER制作でアニメ『ニンジャスレイヤー フロムアニメイシヨン』全26話も放送されています。
この作品の地の文には「〇〇は訝しんだ」という言い回しが繰り返し出てきます。独特な翻訳文体で書かれているので、普通の小説なら「不思議に思った」で済ませる場面が全部「訝しんだ」になる。読み慣れたファン(ニンジャヘッズと呼ばれます)がこれを真似して、自分の疑問を書くときに使い始めたのが出発点です。作品からフレーズが漏れ出す流れはアッハイや古事記にもそう書かれているとまったく同じで、忍殺語はこの経路で外へ出ていく語がやたら多い。
ここまでは分かるとして、問題は主語です。
この時系列は、note に投稿された「【徹底解説】『ボブは訝しんだ』の元ネタ調べてみた【超決定版】」(スキゾなマンジェロ氏)が過去ログを掘って組み立てたものです。個人の調査ではありますが、ニコニコ大百科の「忍殺語」が本文中からこの記事を参照しているので、中立側の百科事典が採用した追跡ということになります。裏を返すと、これ以外に一次記録がまとまって残っていない。匿名掲示板の書き込みが起点なので、誰が最初に言ったかは今後も確定しないとされています。
そして本題です。「ボブは訝しんだ」という一文は、ニンジャスレイヤー本編に一度も出てきません。ニコニコ大百科は「実はニンジャスレイヤー本編はおろか、翻訳チームのツイートにも登場しないコトダマ」と明記していて、ニンジャスレイヤーWiki* のヘッズスラング一覧にも「意外にも翻訳チームによるヨタ話には『ボブは訝しんだ』という文はまだ登場していない」とあります。作品発のスラングだと思って使っている人が大半なのに、作品側は一度も言っていない。名台詞の引用ではなく、ファンが型だけ借りて自分たちで組み立てた文だったわけです。
「元ネタだと思っていたものが実は存在しない」という点では、遅刻する食パン少女が少女漫画に実在しない件と骨格がそっくりです。みんなが元ネタとして共有しているのに、原典を探しに行くと見つからない。ネットの記憶はこういう作られ方をすることがあります。
ボブって誰なんだ
じゃあボブは誰なのか。これも本編のキャラクターではありません。翻訳チームが読者向けのノーティス(お知らせ)の中で使う、翻訳アジトの近所に住むヘッズの少年という設定です。
登場した経緯がよくできています。書籍化やメディア展開が決まると、読者側には「連載はどうなるのか」「過去ログは読めなくなるのか」といった不安が出る。ただ、盛り上がっている場でウカツにそれを口にすると空気を壊すし、叩かれるかもしれない。そこで翻訳チームが、読者の代わりに不安を口に出す役としてボブを出しました。言いにくいことを代わりに言う係として最初から作られたキャラなので、ファンが自分の疑問を代弁させる主語にボブを選んだのは、順番としてはむしろ自然な流れだったことになります。
ボブが奥ゆかしくない言動に走ると「エルフのせんしはひかった」と返される、というお約束もセットで存在します。エルフのせんしは翻訳チーム側を指す言い方で、光るのは無言の制止のサインです。
公式アカウントがボブを主役にした寓話を投稿したこともあります。
2014年1月8日の「荒ぶるボブ」で、闇夜を走る男の名はボブ、ただし正確なところを知る者はいない、という書き出し。スラングとして広まったのが2012年秋なので、この投稿は発祥ではなく後から来たほうです。ボブという公式キャラが実在することの証拠として見てください。
使い方・例文
型は「疑問文+ボブは訝しんだ」の2文。疑問の中身がしょうもないほど、いきなり文体が硬くなる落差で笑いになります。
- 「送料無料と言いつつ商品代が上がってるのでは? ボブは訝しんだ」
- 「このソシャゲの『確率アップ』、アップ前がそもそも低いのでは? ボブは訝しんだ」
- 「一人暮らしの電気代、エアコンより冷蔵庫のほうが効いてるのでは? ボブは訝しんだ」
- 「シフトを減らしてほしいと言ったのに増えているのでは? ボブは訝しんだ」
自分に向けて使うのが基本で、他人の発言をこの形に直して書くと、その人を茶化していることになるので注意。企業やサービスへの疑問に使う場合も、検証していない話を断定するとただの言いがかりになります。あくまで「気のせいかもしれないが」という留保を含んだ言い方として使うのが安全です。
返しとしては、そのままボブに答えてやる形が定番です。「ボブ、それは仕様だ」「ボブに教えてやってくれ」のように、実在しない少年を会話に混ぜたまま話を進める。真面目に検証データを出すとマジレス扱いされますが、それはそれで面白がられます。
ボブの部分を別のキャラクター名に差し替える使い方も見かけます。ただしどの作品のどのキャラで定着しているかは追いきれていないので、ここでは「主語は入れ替えられる」とだけ。略して「ボ訝」と書く例も一応ありますが、ほぼ通じません。
こういう定型のやりとりが成立するのは、上の句を見た瞬間に下の句が出てくる人がある程度いるからです。ネットミームが合言葉として機能する感覚は、「ぬるぽ」に「ガッ」で返すミームかるたを触ってみると分かりやすい。
関連する言葉
同じ『ニンジャスレイヤー』から出た言葉としてはアイエエエ、アッハイ、イヤーッ!グワーッ!、古事記にもそう書かれているが代表格です。悲鳴、生返事、戦闘音、ウソ出典と並べてみると、外に出ていったのが決め台詞ではなく地の文や脇の反応ばかりというのが分かります。ボブに至っては本編に一文字も無いので、外れ具合では一番遠くまで来ました。
存在しない権威を借りるという点では古事記にもそう書かれているや民明書房と同じ棚に入ります。あちらは嘘の出典を立てて主張を通す語、こちらは架空の他人を立てて疑問を投げる語で、借りてくるものが本か人かの違いです。
納得できないものを見たときの声としてはそうはならんやろが近い立ち位置ですが、あちらは結論が出たあとのツッコミで、ボブのほうは結論の手前でまだ疑っている段階。ツッコミに至る前の、うっすら怪しいと思っている時間を書き留める言葉です。