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鳥山明の「バードスタジオ」は東京へ移転、清須の仕事場は解体中

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鳥山明さんの仕事場があった愛知県清須市の建物は、10月から解体されている。会社の「バード・スタジオ」は、8月に東京へ移転済みだ。

毎日新聞が11月3日朝に報じた。「バードスタジオって今どうなってるの」という疑問には、この報道でひととおり答えが出た。

バードスタジオは今どこにあるのか

毎日新聞によると、バード・スタジオは鳥山さんの仕事場だった建物に置かれていた。

鳥山さんが2024年3月に68歳で亡くなったあと、2026年8月に清須市から東京へ移っている。毎日新聞の記事も「東京」とだけ書いていて、詳しい場所は出ていない。この記事でもそれ以上は書かない。

つまり「バードスタジオ」という会社は今も続いていて、場所が清須から東京に変わった、というのが現状だ。

清須の仕事場は10月から解体中

残された建物がどうなるかは、前から注目されていたという。

毎日新聞によれば、工事は10月に始まり、既に大部分が取り壊されている。黄色い外観が特徴で、地元の人やファンのあいだでは「聖地」として有名だった。

取り壊しについて、永田純夫市長は毎日新聞の取材にこう答えている。

  • 「取り壊しは鳥山先生のご家族によって決定されたものと拝察する」
  • 「市としてはご意向を尊重し、静謐な環境で工事が完了することを見守りたい」

解体の理由について、ご家族や会社の説明は毎日新聞の記事には出ていない。市長の言い方も「拝察」で、市として断定はしていない。

元アシスタントと近所の人の声

毎日新聞は、現場を見に行ったという鳥山さんの元アシスタント、まつやまたかしさんにも話を聞いている。

まつやまさんは、こう振り返った。

  • 「鳥山さんの作品のほとんどはそこから生まれている。自分の働いていた場所でもあり悲しい」
  • 「住宅街なので博物館にするというのも難しかったと思うし、仕方ない。記憶の中で残っていけば」

近所の60代の女性は、次のように話している。

  • 「穏やかな先生で動物がすごく好きだった」
  • 「外国人もよく見に来ていた。市のシンボルだったのでもったいない」

同じ記事では、SNSでもファンのあいだで解体が話題になっていて、惜しむコメントが相次いでいると伝えている。「先生の職場が無くなるのはつらい」といった声だ。

建物を残してほしかったという気持ちと、住宅街で博物館にするのは難しいという現実的な見方が、同じ取材の中で並んでいる。

清須で鳥山作品が残る場所

仕事場はなくなっていくが、清須市には市制20周年の記念ロゴマークが、公式のかたちで残っている。鳥山さんが描いたものだ。

投稿は清須市公式アカウントの2024年1月23日のもので、デザインは「清須市ゆかりの漫画家 鳥山明先生」だと告知している。ロゴに描かれたのは、清須ゆかりの織田信長を連想させるキャラクターだ。

中日新聞によると、市の職員が前年の2023年10月に出版社を通して依頼し、鳥山さんが快諾した。市にイラストなどを提供するのは、これが初めてだったという。

その後、2026年2月22日にはロゴのステンレス製の銘板が公開された。2026年3月の中日新聞は、5月に開館する市役所西館の壁面に常設展示すると報じている。実際に設置されたかどうかは、こちらでは確認できていない。

聖地がなくなっても

「聖地」という言葉は、作品の舞台や作者ゆかりの場所を訪れるファン文化から来ている。くわしくは聖地巡礼の解説にまとめてある。

今回は、作者その人が通った仕事場そのものが対象だった。建物が消えても、そこから生まれた作品は残る。海外ではパリ郊外にドラゴンボールのテーマパークを建てる計画も発表されている。作品にふれられる場所は、仕事場だけではない。

出典は次のとおり。

  • 毎日新聞「『ドラゴンボール』聖地に別れ 鳥山明さんの仕事場解体へ 愛知」(Yahoo!ニュース)
  • 中日新聞「愛らしい信長で20周年を祝おう 鳥山明さん、清須市のロゴをデザイン」(中日新聞Web)
  • 中日新聞「故鳥山さん手がけた市制20周年記念ロゴを銘板に 清須市役所西館の壁に飾る」(中日新聞Web)
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