岡山県警察学校の「たま警視」、迷い込んだ野良の子猫が13年で巡査から警視になっていた
「警察学校に迷い込んだ子猫、数年後に『警視』昇任」。9月8日の朝にライブドアニュースがそう投稿して、9日の時点でいいねが15万を超えた。話の主は岡山県警察学校(岡山市北区)に住みついているメス猫で、名前は「たま警視」。学校のある玉柏(たまがし)という地名から取られている。
かわいい猫にふざけた肩書きを付けただけの話かと思うと、ちょっと違う。この猫、朝の点呼に出て、職員を玄関で出迎えて、夜は宿直の教官室で寝ている。しかも岡山県警の公式アカウントが警察官募集のポスターに起用している。
最初は教官のほうが餌やりを止めていた
たまが学校に現れたのは13年ほど前。当時のことを、FNNプライムオンラインの取材にこう話しているのが、当時は初任科生で今は同校の教官を務める横山大徳さんだ。
「ガリガリに痩せた汚い子猫がふらふらと学校に来たので、かわいそうだからと学生たちがスナック菓子などをあげていたんです。教官たちもはじめのうちは餌やりをしないようにと注意していましたが、あまりの人なつこさにそのうちかわいがるようになりました」
止める側が先に落ちた。そのうち校内に住むことが正式に許可されて「たま巡査」と命名され、寝場所が用意され、学生のあいだで餌やり当番まで作られたという。禁止から公認までの流れが早い。
在校年数は媒体で少しぶれていて、山陽新聞は入校して10年以上になると書き、FNNは13年ほど前に現れたと伝えている。どちらにしても、いま校内にいる学生より先輩なのは間違いない。
巡査から警視は、階級でいうと4段階上がっている
ここで気になるのが「警視ってどれくらい偉いの」という話で、Xでもそこに反応が集まっていた。
警察官の階級は警察法で決まっている。第62条にはこうある。「警察官(長官を除く。)の階級は、警視総監、警視監、警視長、警視正、警視、警部、警部補、巡査部長及び巡査とする。」(e-Gov 警察法)。
つまり全部で9つ。下から並べると巡査、巡査部長、警部補、警部、警視の順になるので、巡査から警視まではちょうど4段階上ということになる。上に残っているのは警視正、警視長、警視監、警視総監の4つだけだ。
ただし念のため書いておくと、これは学校のなかでの呼び名の話だ。県警が制度として猫に階級を発令したという発表は見当たらない。毎年学生を送り出しているうちに、周りが呼ぶ名前のほうが勝手に上がっていった、というのが山陽新聞の書き方で、記事には「毎年学生を送り出し、気がつけば警視に昇任していた」とある。気がついたら上がっていた、というのが実際に近いらしい。
岡山県警の公式Xも、募集ポスターにたま警視を出している
冗談で呼ばれているだけならここで終わりなのだが、県警のほうが本気で乗っている。岡山県警察の公式アカウントは2026年2月27日、岡山中央警察署の春の警察官募集の告知にたま警視を登場させた。
投稿には「警察学校で、たま警視も待っています😺」と書かれていて、ハッシュタグにも「#たま警視」が入っている。添付されているのは2枚で、1枚目は警察官のイラストが白い猫を抱いている手描きのポスター。猫の吹き出しに「たま警視」とあり、岡山弁で「岡山県警はどげーなら」と呼びかけている。2枚目は校舎と日の丸を背にして塀の上に座る実物の写真で、「警察学校で待ってるニャ」の帯付きだ。
FNNの記事によると、同校のSNSで「経験豊富な警察職員」として紹介されたり、交通安全を啓発する県警のチラシに登場したりもしているという。募集広報に使われている時点で、もう半分は職員あつかいである。
朝6時半に点呼、夜は宿直の教官室で就寝
FNNが教職員に取材した1日の流れが、想像よりだいぶ勤勉だった。
始業は早朝6時半。学生が起きて庁舎の玄関前で点呼と運動を始めると、たまも参加する。学生の間を縫うように歩く姿は、教官が活動を監督しているように見えるらしい。7時から8時は出勤してくる職員を玄関でお出迎えして、仲のいい教官にちゅ〜るをねだる。昼が近づいて暑くなるとロビーで休憩、学生の休憩時間には疲れた学生におとなしく撫でられる。夕方に国旗が降ろされる時間には、日の丸を見ながら物思いにふけっていることもあるという。
夜は学生が寮に戻り、教職員が帰ったあとに宿直の教官がいる教官室へ。その日の気分で専用椅子か、空いている職員の椅子をベッドにして寝る。本人が重点を置いているのは校内パトロールで、広い敷地を回りながら野鳥やトカゲを仕留めてくることもあるそうだ。治安維持の一環らしい。
模擬交番での宿直勤務では、長時間立って周囲を警戒する学生のそばで見守り続ける。卒業式では巣立っていく学生をじっと見送る。もっとも、毎日きっちり時間通りに動くわけではなく、気ままに過ごす日もあるとのこと。そこは猫なので当然だ。旅館の看板猫が条件がそろった時だけ常連客を階段で出待ちする話を書いたことがあるが、猫の勤務態度はだいたいそういうものである。
ちゅーるの賄賂から捜査網まで、Xの反応
拡散したライブドアニュースの投稿には300件を超えるリプライが付いた。目立ったのは、人事評価に寄せたツッコミだった。
伸びていたのは待遇へのツッコミで、「たぶん、賄賂(ちゅーるなど)が絶えない職場なんだろうな…」という見立てや、専用ベッドの名前に反応して「不覚にも笑ったw」と書く人がいた。職務内容のほうに食いついた人もいて、「猫は近隣の猫とコミュニケーション取るから、すごい捜査網だろう。」という一言はけっこう説得力がある。
階級の話を丁寧に整理した投稿も伸びていた。巡査から警視まで肩書だけ見れば4段階アップだと書いたうえで、たまの13年の実績を人事評価っぽく並べると「職務範囲が広すぎる」という結論になっていた。それを受けて、このまま昇任して「たま警視総監」になってほしい、とさらに上を望む人もいた。ちなみに警視総監は9階級のいちばん上なので、実現するとかなりの大出世になる。
教官が最初は餌やりを止めていたという一節を引いて「ここすき。さす猫」と書く人もいれば、「ネットニュース、もうこういうのだけでいい」とぼやく人もいた。たしかに、誰も損をしていないニュースではある。
学生は毎年入れ替わるのに、たまだけが13年いる
この話がじわっとくるのは、たまが偉くなったからではなくて、まわりの人間のほうが入れ替わっていくからだと思う。
山陽新聞の取材に、4月に入校した上田実桜さん(18)は「当直中に来てくれることもある。学校生活の癒やしです」と話している。そして同じ記事に出てくる隈井光砂教官(31)は、自分が初任科生だったころ、教官に叱られたあとに泣きながらたま警視をなでているうちに励まされた気がした、と振り返っている。泣きながら撫でていた側が、いまは教官として戻ってきて「たまと仕事ができてうれしい」と言っている。
FNNによれば推定15歳で、同校ではもっとも勤務歴の長いベテランになった。最近は縄張りに入ってこようとするライバルの雄猫が現れると、自分で追い返さずに教官室へ逃げ込んで、追っ払うよう無言で催促するらしい。昔はケンカして傷だらけになることもあったそうだが、そこは年齢である。部下を使うようになったと言えなくもない。
隈井教官は記事の最後を「これからも元気に学校を見守ってほしい」と締めていた。詳しい経緯は山陽新聞デジタルの記事とFNNプライムオンラインの記事に載っているので、写真ごと見たい人はそちらへ。ちなみに施設に居ついた猫の話でいうと、実家の法事に神妙な顔で参列した猫もなかなかの勤務態度だった。