← 一覧へ エンタメ

「スネ夫が自慢話をするときに流れている曲」の謎画像、背景の正体はマーライオン

口から水を噴き出しているシンガポールのマーライオン。奥にマリーナ・ベイ・サンズが見える
画像: シンガポールのマーライオン(CC BY-SA 4.0 / Diego Delso, via Wikimedia Commons)。当サイトで縮小・切り抜きをしています。改変後の画像も同じ CC BY-SA 4.0 で提供します

シンガポールのマーライオン公園で、透明な板を1枚かざした写真がXで伸びている。板に印刷されているのはドラえもんたち5人がタケコプターで飛ぶ絵だけで、背景は板ごしに見えている本物の景色だ。添えられた文は一行、「スネ夫が自慢話をするときに流れている曲(フル)の聖地に来た」。これだけで何の話か通じてしまうのが、この曲と画像の浸透度を物語っている。

投稿したのはたゆるさん(@ta_yu_ru)。9月23日の午後2時に出したこの1枚が、翌朝の時点でいいね4万5千超、リポスト5,400超、表示回数は155万回を超えた。プロフィールには「音MADとネットミームで義務教育を終えた人」とある。そういう人が現地までタケコプターの板を持っていった、という話だ。

板を1枚持って、マーライオンの前に立った

やっていることはシンプルで、キャラクターの部分だけを印刷した透明なシートを、実際の風景に重ねてカメラを構えただけ。背景にあたる空も海もシートには刷られていないので、板の向こうの本物の空にドラえもんたちが浮かんで見える。

写真をよく見ると、手前にマーライオン、右手にエスプラネードのドーム状の屋根、その奥に高層ビル群と足場に覆われた建設中のビルまで写り込んでいる。観光客が柵沿いにびっしり並んでいるのも含めて、どこからどう見てもいまのマーライオン公園だ。

この「元ネタの場所に行って重ねる」遊び自体は聖地巡礼の派生形だが、対象がアニメの名シーンでも映画のロケ地でもなく、YouTubeに転がっている音源動画のサムネ代わりの1枚、というのが今回の妙なところだ。

あの曲、正式なタイトルは誰も知らない

そもそもの話をすると、「スネ夫が自慢話をするときに流れている曲」は曲名ではない。ニコニコ大百科いわく「後述する理由から付いた俗称であり、正式な曲名ではない」。

曲そのものは、大山のぶ代さんがドラえもんを演じていた時代のアニメで使われていた劇中BGMで、作曲は菊池俊輔さん。スネ夫専用のテーマというわけでもなく、いろいろな場面で流れていた。

ややこしいのは、正式名称を調べようとしても行き止まりになることだ。サントラCDの3トラック目『ドラえも~ん!』を試聴するとこの曲が流れるので、それが正式名だと思っている人は多い。ところがこのトラックは短いBGMを数曲まとめたもので、この曲単体に名前やMナンバーが振られているのかどうかすら分かっていない。2017年の「菊池俊輔音楽祭」という演奏会では『スネ夫の自慢話テーマ』『スネ夫のテーマ』という便宜上のタイトルが使われた。つまり、ネットで付いた呼び名のほうが先に定着して、公式側があとから寄せた形になっている。

あの曲名は、無断転載された動画のタイトルから生まれた

呼び名がついた日ははっきりしている。ニコニコ大百科に残っている経緯はこうだ。

2008年8月26日、この曲が『ドラえもん ~スネ夫のテーマ~』というタイトルでニコニコ動画に無断転載された。その約3ヶ月後の12月3日、今度はYouTubeに上がる。このときのタイトルが『スネ夫が自慢話をするときに流れている曲(フル)』で、投稿者コメントには「スネ夫がみんなの前で自慢話をしているときに必ずといっていいほど流れていた曲です」と書かれていた。そして動画に添えられたのが、例のシンガポールの1枚だった。

決定打は翌2009年8月28日。そのYouTube動画がタイトルごとニコニコ動画へ再転載され、ランキング上位に入って一気に広まった。以降この俗称が定着し、音MADの定番素材として使われ続けている。2022年5月の時点で、元になった動画の再生数は500万回に達していた。

書いていて何なのだが、つまり日本中が知っている「あの曲名」は、権利者がつけたものではなく、転載した誰かが説明文代わりに書いた一文から来ている。

背景の画像は、どこから来たのか誰も知らない

そして本題の画像である。曲名のほうは由来がたどれるのに、一緒に貼られた絵のほうは出どころが割れていない。

手がかりは右下に小さく残っているロゴで、三日月のようなマークに「NEWSIS」と読める。NEWSIS は韓国の通信社だ。有志の追跡によると、韓国のアニメ専門チャンネルCHAMP TVが「ドラえもん 36時間連続放送」をやった際、それを伝える2006年12月27日付のNEWSISの記事で使われたものらしい。

ただ、それは「通信社が使った」記録であって、絵そのものが生まれた瞬間ではない。似た線をたどっていくと、海外での公式な使用例にまで行き当たる。

  • 2002〜2004年 イタリアのPanini社が出したステッカー
  • 2004年 スペイン語表記のkinderMaxiステッカー(FERRERO IBÉRICA)
  • 2008年 韓国のドラえもん公式サイトで配布された壁紙
  • 2023年5月 スペインのフリマサイトに、この絵を含むステッカー20種セットが20ユーロ(当時のレートで約3,000円)でほぼ未使用のまま出品されていた

日本国内の線も消えたわけではない。「ドラえもんのはがきプリントソフト」に入っていたのではという説は、有志が1と2の両方を調べた結果、地球を歩く絵やバギーに乗る絵といった同じ並びの画像は収録されていたのに、肝心のマーライオンの1枚だけが無かった。1997年に東京ドームで開かれたイベント「ドラえもんワンダーランド」の「どこでもドアで世界旅行」という展示なども、候補としてまだ残っている。謎画像を追いかけた記録を読むと、この総当たりの執念がなかなかすごい。

それでも、画像そのものを扱ったニコニコ大百科の記事には「何のために生み出された画像なのか」は2023年4月末の時点でも物証が出ていない、と書かれている。捜索が本格化したのは2019年から2020年ごろ。わたぴー氏が音MADの素材に使い始め、2020年8月にみずれ氏がTwitterで情報を募ったのがきっかけだった。

聖地に立っても、あの構図だけは撮れない

最後にひとつ、聖地巡礼としては気の毒なオチがある。

ニコニコ大百科の検証によると、現在のマーライオン公園で同じような写真を撮ろうとすると「背景に高層ビル群が間近に写ってしまい、後ろにある木々があまり写らない」ため、元画像の構図にはならない。絵のほうはエスプラネード橋側からアンダーソン橋方面を、マーライオンのやや右側を中心に眺めた風景が下敷きになっているらしい。

たゆるさんの写真にも、しっかり高層ビルとクレーンが写り込んでいる。像そのものは同じでも、立っている場所が2002年に変わってしまったので、絵の中の眺めはもうどこからも見られない。それでも板ごしのドラえもんたちは、ちゃんと噴水の上を飛んでいる。

シンガポールに行く予定がある人は、透明シートを1枚印刷して持っていくと現地でこれができる。構図が合わないところまで含めて、いまはそれが正しい聖地巡礼になっている。

広告