「パンパンコール」の元ネタは航空事故ドキュメンタリー、メーデーの一歩手前
「パンパン、パンパン、パンパン」。低い声で3回繰り返されるこの一節が、2025年の秋からニコニコ動画の音MADを一気に飲み込んだ。ネタ扱いされているが、元は飛行機と船が本当に使っている無線用語だ。
「パンパンコール」とは?
パンパンコール(pan-pan call)は、船舶や航空機が無線電話で 「パンパン、パンパン、パンパン」 と3回発信して、準緊急事態を知らせる通報のこと。遭難信号のメーデーほど差し迫ってはいないが、機体や船に問題が起きていて支援がほしい、という段階で出す。
語源はフランス語の panne(故障)。日本語の「パンパン」とはまったく関係がなく、たまたま音がそう聞こえているだけだ。メーデーのほうもフランス語の m’aider(助けに来て)に由来するとされるので、遭難まわりの用語はフランス語由来で揃っていることになる。
救援が動かないと言っても放置されるわけではなく、パンパンを受けた管制はその機を優先的に扱う。つまり「まだ落ちる話ではないが、先に降ろしてくれ」という意思表示になる。
元ネタ・由来
音MADで使われている音声は、キャセイパシフィック航空780便事故を扱った航空事故ドキュメンタリーの日本語吹き替えだ。ナレーションではなく、操縦室の機長がパンパンを宣言する場面の声が切り出されている。
事故が起きたのは2010年4月13日。エアバスA330-342がジュアンダ空港(スラバヤ)を離陸し、香港へ向かっていた便で、乗客309人と乗員13人の合わせて322人が乗っていた。
原因はスラバヤでの給油だった。地下の燃料供給システムが工事中で、そこに海水が入り込み、再稼働のときに洗浄されないまま給油された。混ざっていた高吸水性ポリマーの粒子が燃料を汚染し、両方のエンジンの制御を狂わせている。着陸速度が推奨より95ノットも速かったのは、出力を絞れなくなっていたためだ。死者はゼロで全員が生きて降りているが、脱出の際に乗客57人と乗員6人が負傷している(うち1人は重傷)。ネタとして扱われているのはあくまで音声の響きの部分になる。
ニコニコ側には、この回を含む航空事故ドキュメンタリーの転載動画がかなり前から置かれていて、そのうちの1本が46万回以上再生され、固定タグに「パンパンコール」が付いている。投稿は2019年3月28日。つまり素材そのものは6年以上前から存在していて、2025年の秋に急に掘り起こされた形だ。同じタグは別の投稿者が上げた他の回にも付いていて、17万回や18万回まで伸びたものがある。この一帯を眺めている層が「メーデー民」(番組『メーデー!』を追いかけている視聴者)で、「パンパンコール メーデー民」という検索が立つのはここが理由だ。
流行の起点は2025年9月30日。「Uganda Disco」「私的アスレチック」といった音MADが同じ日に投稿され、翌10月1日には伏せ字の「████コール」が出る。火が付いたのは10月5日投稿の「パンパンコール」(大室花子)で、2万3千再生を超えた。以降は「ときめきパンパン♪」が1万4千、「I’m so パンパン」が1万1千と続き、タグ欄には「パンパンブームです」「空前のパンパンブーム」に加えて、事故の便名にかけた「780再生」「上空1万再生」まで並んだ。
その後も11月に「もはやパンパンコールだけで曲作れるから」、12月に「パンパンコール 年末」、年をまたいで2026年1月の「スピキオン」、4月30日の「八八コー年」と続き、およそ7か月にわたって供給が途切れなかった。2026年9月時点で「パンパンコール」タグの動画は59本ある。なお、Xで先に流行ってからニコニコへ輸入された、という説明も見かけるが、その順番を裏づける一次の記録は見つからない。
使い方・例文
音MAD界隈では、あの3連呼が入っている動画そのもの、あるいは素材の名前として使われる。
- 「イントロからパンパンコールで笑った」
- 「ニコニコ開いたらまた新作のパンパンコールが来てた」
- 「その構成はもうパンパンコールで擦られてる」
元の意味のまま使う場面もある。「メーデーではないけどパンパンではある」のように、まだ致命傷ではないが状況はよくないという比喩だ。用語自体は実際の航空無線のものなので、意味を分かったうえで軽く使われている。検索でも「パンパンコール はいよろこんで」のように、はいよろこんでといった他の定番素材と組み合わせた動画を探す打ち方が目立つ。
関連する言葉
素材の声を曲に乗せて別物に作り替えるジャンルが音MADで、その源流にあるのが1970年代のMADテープから続くMAD。パンパンコールは、その音MADが十数年かけて溜め込んだ素材庫から発掘された1本ということになる。ニコニコで素材が跳ねると何が起きるかは、組曲『ニコニコ動画』が2007年にやってみせたとおりだ。
近い例では、ゲーム内の効果音がそのまま歌になって198万再生まで伸びた「んふんふんふんふ」の一件がある。意味の面白さではなく音の響きだけで広がるという点は、空耳とも地続きだ。