東大教授が実現した「攻殻機動隊」の光学迷彩、正体は自転車の反射板と同じ素材
9月23日の昼、Yahoo!ニュースのトピックスに「光学迷彩を開発 SF漫画きっかけ」という見出しが並んだ。光学迷彩といえば『攻殻機動隊』で、少佐がスッと景色に溶けて消えるあれだ。あれを本当に動く装置にした人が日本にいる。東京大学先端科学技術研究センターの稲見昌彦教授で、タネを聞くと拍子抜けするくらい身近な素材が使われている。
発端は研究室の助手の「この漫画を読んで、なおかつ映画も見なさい」
稲見教授は東京工業大学(現・東京科学大学)で生命工学を学び、1996年に東大大学院へ進んだ。共同通信の取材によると、研究室の助手から漫画を渡されて、こう言われたという。
「私と議論したければ、この漫画を読んで、なおかつ映画も見なさい」
その漫画が『攻殻機動隊』。原作は士郎正宗だ。読んで驚いたのは本編そのものより、コマの枠外にある脚注の情報量だったらしい。サイボーグ化した「義体」を製造するシーンには「ルシフェラーゼ」が出てくる。ホタルが発光するときに触媒として働く酵素で、生命工学をやっていた稲見教授はその名前を知っていた。知っていたからこそ「作者の士郎先生は一体どうしてこんなことを勉強しているんだろう」と不思議に思ったという。
言われたとおり映画も見た。押井守監督の『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』で、印象に残ったのが冒頭の「熱光学迷彩」。主人公が逃げるときに周囲の環境映像を使って姿をカムフラージュする装置だ。ただしこの時点では、まさか自分が作る側に回るとは思っていなかった。
なお『攻殻機動隊』は2026年7月に完全新作TVアニメ『攻殻機動隊 THE GHOST IN THE SHELL』が放送を開始していて、シリーズ自体はいまも現役で動いている。
光学迷彩の仕組みは「背景を撮って、マントに投げ返す」だけ
当時の研究室では、ゴーグルを着けなくても立体映像が見える装置を研究していた。その途中で出会ったのが「再帰性反射材」という素材だ。共同通信の記事は日本反射材普及協会の説明として、再帰性反射を「光がどの方向から当たっても光源に向かってそのまま反射するように光学的に工夫した反射方法」と紹介している。身近な例として挙がっているのが自転車の反射板。夜道で車のライトが当たるとギラッと光り返す、あの部品と同じ理屈だ。
そこから先の仕組みは、驚くほど素直な組み立てになっている。
- 消したい対象の、背景にある景色をカメラで撮る
- その映像をプロジェクターで対象に投影する
- 対象が着ているのは再帰性反射材のマントなので、投影された景色がそのまま光源の方向へ返る
返ってきた景色がマントの上に浮かぶので、人がそこだけ透けたように見える。この発想を、稲見教授は生き物にたとえて説明している。
「タコやカメレオンが背景に合わせて身体の色を変えるかのように、背景と同じような映像を立体的に出してあげれば、それは実質的には透明として見ることができる。つまり立体映像の技術って透明化に使えるんじゃないか」
背景を撮って手前に出すと物が消えて見える、という話は、デスク周りの遊びでもおなじみだ。モニターの向こう側を撮って壁紙にすると画面が抜けて見える「Transparent Screens」も原理としては同じ家族で、こちらは20年前から続いているネタだったりする。
東京大学の公式Xも、この装置を毎年引き合いに出している。2112年9月3日がドラえもんの誕生日なので、9月3日に「ひみつ道具」の実例として、再帰性反射材で実現した「透明マント」を挙げるのが恒例になっているのだ。
この2026年版の投稿は54,972いいねまで伸びた(9月23日時点)。同じ文面の「◯年後の今日」を東大公式は2022年から毎年出していて、シャープが11年前の自分の投稿を引用して「あと86年」と数え直した件と同じく、9月3日は各社が誕生日カウントに乗ってくる日になっている。
余興のつもりで出したら、TIMEの「2003年の最高の発明品」に
作った光学迷彩を、稲見教授は1999年にロサンゼルスで開かれた国際会議「SIGGRAPH 99」に持っていった。ただし主役として出したわけではない。会議に出した展示物は別にあって、光学迷彩は待機している人向けの余興という扱いだった。
ところが話題をさらったのは余興のほうだった。最終的にアメリカのTIME誌で「2003年の最高の発明品」と評され、そこから海外で研究者としての名前が知られるようになる。元記事の見出しが「余興のつもりが『世界最高の発明品』に」となっているのは、この順番の逆転があったからだ。
「透明マント」という名前だったら、たぶん思いつかなかった
個人的にいちばん面白かったのは、稲見教授がアイデアの着火点を原作の”名前”に置いていることだった。
「原作が『熱光学迷彩』という名称だったから思いついた。たとえば『透明マント』だったら、多分アイデアがつながらなかった」
「透明マント」と言われたら魔法の布を思い浮かべてしまうが、「熱光学迷彩」と言われた瞬間に光学系の装置の話になる。自分が触っているディスプレイの技術で手が届く範囲に見えてくる、ということらしい。士郎正宗が脚注に詰め込んだ理屈っぽさが、そのまま研究者のスイッチを押した形になる。
現時点の光学迷彩は、まだモニター越しでないと見えない。ただ、ピクセルごとに光線の向きまで制御できるライトフィールド技術が育って、太陽光に負けない明るさが出せるようになれば、特別な機器なしでも実現できる可能性はあるという。
稲見教授はいま、着脱式のロボットアーム「自在肢」のように、人間の身体機能を拡張する技術を研究している(東大先端研 稲見研究室)。これも攻殻機動隊の「義体化」の延長線上にある話だ。本人は「服を着替えるように身体を着替えられる時代」が来ると予想していて、そうなれば動物にもなれるかもしれない、と続けたあとの一言が「アルパカなんかいいですよね、平和そうで」。スケールの大きい話をしたあとで急に力が抜けるのが良い。
1989年に連載が始まった漫画の脚注が、研究室の助手のひと言を経由して、自転車の反射板と同じ素材にたどり着いた。インタビューの全文は新潟日報(共同通信配信)に載っている(途中から会員登録が必要)。夜道で自分の自転車の反射板が光ったら、あれが光学迷彩の親戚だと思い出してほしい。