「インターメディアテク」でポケモン探し、巨大ラウドボーンの正体はマチカネワニ
きっかけは9月11日の夜だった。神社や民俗の話を書いている幣束さんが、「東京駅からすぐにめっちゃ凄い博物館がある、と友人にオススメされて行ってきたんだけど本当に凄かった。」と、東京大学の学術標本が無料で見られるインターメディアテクを紹介した。この投稿が414万表示まで伸びる。
その翌日、今度は別の角度から刺さった人が出てきた。プロフィールに「#ポケモン民俗学」と書いているNo.017さんが、同じ館を引用してこう言ったのだ。「ポケモン好きは行った方がいい。」。添えられた4枚の写真がとにかく説得力があって、9月13日時点で表示は555万回、いいねは1万6千を超えている。元の投稿より伸びてしまった。
挙げられていたのは「入ってすぐの巨大ラウドボーン、ホエルオーほぼ全身骨格、ドードリオの彫像、飛びかかるオヤブンギャロップ」の4つ。全部あだ名で書かれているので、実物が何なのかを1つずつ調べた。結論から言うと、どれも来歴のはっきりした学術標本で、しかも1つは去年ニュースになったばかりの国の天然記念物だった。
「巨大ラウドボーン」は天然記念物のマチカネワニだった
1枚目、吹き抜けの壁を上から下まで使って這っている巨大なワニ。これはマチカネワニの骨格標本レプリカで、入ってすぐの壁に展示されている。本物は大阪大学総合学術博物館にある。
由来がすごい。大阪大学の発表によると、この化石は1964年5月、大阪大学豊中キャンパスで理学部の校舎を建てている最中に、約42万年前の地層から偶然出てきた。工事現場から日本初のワニ類の全身骨格化石が出たわけだ。大阪大学総合学術博物館の解説ページによれば、頭骨の長さだけで1メートルを超え、推定全長は6.9〜7.7メートル、推定体重は1.3トンになる。
学名はトヨタマヒメイア・マチカネンシス(Toyotamaphimeia machikanensis)。1965年にいったんトミストマ属として記載されたあと、1983年に新属として立て直された。属名は古事記に出てくる豊玉毘売から取られている。出産のときにワニの姿に戻ってしまい、それを見られて去っていく、あの神である。神話のワニに、実在した巨大ワニの名前が付いた形だ。
そして2025年9月18日、この化石は官報告示で国の天然記念物に指定された。大阪府内での指定は69年ぶりだったという。ちなみに年代の表記も同じタイミングで更新されていて、長らく「約45万年前」と書かれてきたものが「約42万年前」に改められている。古い解説を読んだ記憶があるなら、そこは上書きしておくといい。
ポケモン側と並べてみると、体格差がなかなか味わい深い。ラウドボーンは『ポケモン スカーレット・バイオレット』のホゲータの最終進化形で、分類は「シンガーポケモン」。高さは1.6メートル、重さは326.5キロとされている。骨を身にまとって歌うワニだ。対するマチカネワニは全長7メートル級で1.3トン。実物のほうが4倍以上長い。
「ホエルオー」はミンククジラ、キリンには名前まである
2枚目の細長い頭骨と肋骨がずらりと並んだ標本は、ミンククジラの骨格標本。東京大学総合研究博物館の研究員に取材した「ほとんど0円大学」の記事にも、館内の大型標本としてミンククジラとマサイキリンの名前が挙がっている。駅前のビルの中にクジラ1頭ぶんの骨が寝ている。
これをホエルオーに見立てたセンスは正しい。ホエルオーは分類が「うきくじらポケモン」で、高さ14.5メートル。図鑑の説明文にも「いちばん おおきい ポケモン。」と書かれている、公式に最大サイズのポケモンだ。ただし重さは398.0キロしかない。14.5メートルもあって軽自動車の半分以下という、風船みたいな設定になっている。実物のミンククジラは体長でこそ及ばないが、体重はトン単位だ。骨の前に立つと、そこの落差が効いてくる。
同じ館のマサイキリンには、さらに固有名詞が付いている。神戸市立王子動物園にいた「神平」という個体だ。動物園で暮らしていた1頭が、名前を保ったまま丸の内の展示室に立っている。
3枚目の「ドードリオの彫像」は、ずんぐりした胴から3つの首が生えた木彫り。骨と剥製だけでなく、人類学や考古学の資料も同じ建物に同居しているのがこの館の性格で、常設展示『Made in UMUT』は東京大学が1877年の創学以来ためこんできた標本を分野ごとに区切らず並べている。ちなみに本家のドードリオは「みつごどりポケモン」で、図鑑には「3つあるのは 頭だけでは ないらしい。心臓と 肺も 3つなので 息切れしないで長い 距離を 走る ことが できるのだ。」と書かれている。3つ首の生物としての設定はわりと真面目だ。
ポケモンっぽく見えるのは偶然じゃない、ポーズは狙って付けている
いちばん面白かったのが4枚目の「飛びかかるオヤブンギャロップ」だった。後ろ脚で立ち上がって前脚を振り上げている馬の骨。これはシャイヤーという英国原産の重種馬の交連骨格標本である。
前出のほとゼロの取材に、この館で骨格標本を組んでいる特任研究員の中坪啓人さんが答えている。それによると、あの姿勢は古典馬術でクールベット(Courbette)と呼ばれる動作を参考にしたもので、シャイヤーが軍馬として使われた背景と、初代館長の要望からこのポーズに決まったのだそうだ。つまり躍動して見えるのは、そう見えるように組んであるから。
なぜそんなことをするのかも語られている。中坪さんいわく、館の方針として動物の種名以外の説明文を付けていないため、来館者が「展示物をチラッと見て、名前をちょっと読み、視界に入れている程度で満足してしまう」。その課題への答えがポージングだった。
「その解決策としてやったのが、ポージングに動きをつけるということです。これは言葉遊びですが動物というのは『動く物』と書きます。さらに骨というのは体を支える支持器官であると同時に筋肉と同じ運動器官でもあります。機械に例えると骨は部品の一つです。その部品が機械の一部として機能している様子を見せてこそ、来館者に訴えかける力を持たせられるのではないか」
手口はさらに細かい。中国漢時代の石刻に描かれたウマと騎乗者の構図が、四肢と体幹の対比で扇形を作って疾走感を生んでいる、という分析から、その扇形を上下逆にしてイヌの骨格標本に流用した例まである。顎が上がっていると疲れて見えるので下げ気味にする。体重が乗っている指は大きく曲げ、乗っていない指はだらんとさせて対比を付ける。標本を支える支柱まで曲線に加工されていて、これは「支柱がまっすぐだと、見る人に『支えられて立っている』という印象を与えてカカシみたいになってしまう」からだという。
ご本人も「解剖学的には完全な正確さではない」と断ったうえで、印象に残すための実験的な試みだと説明している。骨がポケモンに見えてしまうのは、見る側の目が汚れているからではなかった。動いている瞬間を切り取るように組まれた標本を、動く生き物の図鑑で育った人間が正しく読み取った、というだけの話だ。
種の名前が分かると見え方が変わる標本だけ、並べておく
投稿で挙がっていた4つ以外も表にしようとして、途中で一度つまずいた。「ウマの骨はポニータ」みたいな対応は、並べても読者に何も足さないからだ。ウマがウマであることは見れば分かる。
情報が増えるのは逆のほうだった。あの壁のワニは「マチカネワニ」という種で、日本の地層から出た絶滅種で、去年から国の天然記念物になっている。そこまで分かって初めて、目の前の骨の見え方が変わる。なので表は、種や個体の名前が分かると意味が足されるものだけに絞った。
右の列に置いたのは実物側の事実で、「このポケモンのモデルはこの動物です」という話ではない。ポケモン側が制作時のモデルを明かすことはほとんどないので、そこは断定しない。
表のマチカネワニは入口の吹き抜けにある骨格レプリカ、シャイヤーは後ろ脚で立っているあの馬のこと。アカシカ、マサイキリン、ダチョウ、ミンククジラの4種は千代田区観光協会のスポット紹介にも名前が出ていて、いずれも2階の常設展示ブースに骨格が並んでいる。同じフロアには哺乳類骨格標本コレクション、鳥類頭骨コレクション、爬虫類・両生類剥製標本コレクションが種類ごとにまとまっている。
逆に表から落としたのは、ヒトデ、サンゴ、貝のたぐいだ。ヒトデマンとサニーゴに重ねられるのは確かだが、ヒトデはどこまで行ってもヒトデで、種名が分かっても驚きが増えない。ダチョウも同じ理由で外した。ドードーとドードリオの名前はドードーという別の絶滅鳥から来ているので、ダチョウに重ねても遠回りになる。
ポケモンを持ち出す必要すらない標本もある
館内には、そもそもポケモンに対応するものがいない大物も置いてある。neolが開館時にまとめた記事には、絶滅巨鳥のエピオルニス(通称、象鳥)とモア、オキゴンドウ、それにラミダス原人の名前が挙がっている。
エピオルニスは、マダガスカルに17世紀ごろまでいたとされる飛べない鳥で、高さ3メートル超、体重は推定400〜500キロ。史上もっとも重い鳥だ。85.2キロのドードリオを5羽ぶん束ねてやっと届く。卵の化石も規格外で、長さ33センチ、重さ9〜10キロ、ニワトリの卵でいうと180個ぶんになる。ポケモンのタマゴより大きい実物が、丸の内のビルの2階にある。
骨以外もいる。ウィキメディア・コモンズに上がっている館内の撮影記録を見ると、ヨナグニサンのメスの標本や、1968年に作られたタヌキの剥製(大分の野鳥博物館から来たもので、標本番号まで振られている)、ペルーのモチェ文化の死者の仮面、エジプトのホルス神のブロンズ像まで並んでいる。骨のコーナーで満足して帰ると半分見逃すことになる。
なお展示は入れ替えがあり、標本が引っ込んでいる日もある。狙っているものがある人は、行く前に公式の開館カレンダーで「一部展示室閉鎖」の印が出ていないか見ておくと安全だ。
入館料は無料、東京駅の丸の内南口から徒歩1分
名前の由来は「間メディア実験館」で、各種の表現メディアを架橋するという意味が込められている。展示されているのは、東京大学が1877(明治10)年の開学以来ためてきた学術標本。歴史的な木製什器をそのまま再利用した内装も見どころとして扱われていて、標本と什器と建物がまとめて古い、という珍しい空間になっている。
幣束さんの投稿が刺さったのもそこだった。「様々な動物の骨格、植物、鉱物の標本などが陳列され、紀元前中国やペルシアの歴史遺物、エジプトのミイラと棺(これは撮影禁止)など、東大の知の集積が洪水のように眼前に押し寄せてくる。」と書いたうえで、「これでマジで無料なんですか?いいの?というレベルで凄いので皆も行くと良いです!」と締めている。9月13日時点でいいねは3万4千、表示は414万回を超えた。
撮影については、公式の利用案内に撮影禁止の展示物と指定エリアを除いて個人利用の範囲で可能と書かれている。ただし動画撮影、フラッシュ、三脚は不可。展示物や展示ケースに触れないこと、傘は傘立てに預けることも明記されている。エジプトのミイラと棺のように、そもそも撮影禁止のものもある。
東京駅周辺は今、日本橋・八重洲でポケモンの立像19匹が出ているレジェンドリサーチも開催中だ。立像を見るだけなら無料なので、丸の内で本物の骨を見てから八重洲の立像を見に行く、みたいなハシゴもできる。ついでに言えば、日本初の鎧竜として名前がついたニッポノペルタ・エゾエンシスのように、日本の博物館には調べると背景が出てくる標本がまだいくらでも眠っている。館内で「これ何のポケモンっぽい?」をやるのは、たぶんいちばん安上がりな遊び方だ。