「貴婦人と一角獣」のタペストリーに見覚えがあるのはガンダムUCが理由
9月20日の夕方、漫画家の椎名高志さんが写真を2枚あげて「おれ・・ここを知ってる。この絵を見たことがある・・何なんだこれ・・⁉︎」と投稿しました。赤い地に小さな花がびっしり、真ん中に青い天幕、左にライオンで右に一角獣。見た瞬間に「あっ」となる人と、何も引っかからない人がきれいに分かれるタイプの絵です。
いいねは翌日までに5万を超え、リプライは400件を突破。答えはすぐに出そろいました。しかも「これは何という作品か」の答えと、「なぜ見覚えがあるのか」の答えが、それぞれ別々にはっきりしているのが面白いところです。
作品名は《貴婦人と一角獣》、クリュニー美術館の6枚組
正体はタピスリー(つづれ織り)の《貴婦人と一角獣》です。国立新美術館が2013年の展覧会ページに書いている説明が一番すっきりしています。「フランス国立クリュニー中世美術館の至宝《貴婦人と一角獣》は、西暦1500年頃の制作とされる6面の連作タピスリーです」。1枚絵ではなく、6枚でひとそろいという作りになっています。
その6枚の役割分担が、これまた凝っています。同ページによると「千花文様(ミルフルール)が目にも鮮やかな大作のうち5面は、『触覚』『味覚』『嗅覚』『聴覚』『視覚』と人間の五感を表わしていますが、残る1面『我が唯一の望み』が何を意味するかについては、『愛』『知性』『結婚』など諸説あり、いまだ謎に包まれています」。五感が5枚で、6枚目だけ何を指しているのか500年経っても決着していない。
椎名さんが撮っていたのは、その謎の6枚目のほうです。天幕にびっしり縫い取られた文字が「MON SEVL DESIR」で、これがフランス語の Mon seul désir、つまり「我が唯一の望み」。Uにあたる字がVの形で織られているので、パッと見だと読みにくい。天幕の前で貴婦人が侍女の差し出す小箱に手を伸ばしていて、左のライオンと右の一角獣が旗を支えています。
背景の赤地に細かい草花をばらまく描き方が千花文様(ミルフルール)で、よく見るとウサギやヤギ、裾のあたりにはサルまで紛れ込んでいます。貴婦人のかたわらの台には小さな白い犬が座っていて、引用にも「マルチーズが描かれているのがポイント高いです」と、そこしか見ていない人がいました。
見覚えの出どころは『機動戦士ガンダムUC』のビスト家
で、本題の「どこで見たか」です。リプ欄の答えは、ほぼガンダムに寄りました。
これは気のせいではなくて、公式が13年前に言っています。GUNDAM公式サイトのニュースは、見出しがそのまま『「ガンダムUC」登場のタピストリーが初来日!「貴婦人と一角獣展」国立新美術館にて4月24日より開催!』でした。美術展のお知らせをガンダムの公式が打っているという時点で、かなり強い。
作中での扱いも MOVIE WALKER PRESS の記事 が説明しています。『機動戦士ガンダムUC』の世界では、ビスト一族がこのタペストリーを実際に所有しているという設定になっていて、episode1『ユニコーンの日』でバナージ・リンクスがビスト家の屋敷でこれと対面します。ユニコーンガンダムそのものが一角獣、そしてライオンもモチーフに入っている。一角獣とライオンが左右に立つ500年前の織物を、一角獣の名を持つ機体を隠している一族の屋敷に飾る。そういう仕掛けだったわけです。
だから「アニメで見た絵」として記憶に残っている人がかなりの数いる。「ガンダムUCで見た貴婦人と一角獣だ!!!」「色んな作品で『貴婦人と一角獣』のタペストリーは使われてるけど、私ならガンダムUCかな」と、出どころを即答する引用が並びました。「なんだかんだでガンダムって教養なんだな……と思った」という感想も出ていて、たしかに中世フランドルの織物の知識が『ユニコーンの日』経由で入ってくるのは、教養のルートとしてはかなり変です。
お台場に立っていた実物大ユニコーンガンダム立像は8月31日で展示終了しましたが、元ネタのほうは500年前からパリで健在、ということになります。
日本に来たのは2013年の一度きり
じゃあ実物を日本で見た人がいるのかというと、いました。しかも、かなり貴重な機会だったようです。
国立新美術館のページによれば「本作がフランス国外に貸し出されたのは過去にただ一度だけ、1974年のことで、アメリカのメトロポリタン美術館でした」。つまり2013年の来日は、国外に出た2回目という扱いになります。会期は国立新美術館で2013年4月24日から7月15日まで、そのあと大阪の国立国際美術館へ巡回して7月27日から10月20日まで。主催は国立新美術館、フランス国立クリュニー中世美術館、NHK、NHKプロモーション、朝日新聞社の5者でした。
当時見に行った人たちの記憶も濃い。「13年くらい前、実物を都内で見ました」「大阪に来ていた時に遠征して見に行ったわ」「すんごい大きさで驚いた記憶」と、サイズの話が多いのが特徴です。なかには「2013年に国立新美術館?で拝見したとき、音声ガイドが池田秀一さまだったのはよい思ひ出…」という人もいました。
なお椎名さん本人は、あの写真をどこで撮ったのかを書いていません。
実物を逃しても、徳島に再現がある
パリまで行くのはさすがに遠い、という人向けの答えもリプ欄に出ていました。徳島の大塚国際美術館です。名画を陶板で原寸再現している美術館で、公式アカウントが2023年に告知しています。
再現されているのは6枚全部ではなく、椎名さんが撮ったのと同じ「我が唯一の望み」の1面です。パリまで飛ばなくても、あの赤い地と一角獣には会える。美術館の楽しみ方に迷ったら、「大怪盗だったらどれを盗む?」という遊び方もあわせてどうぞ。
ガンダム以外の答えは、だいたいハリー・ポッター
反応をもう少し眺めると、既視感の出どころはガンダム一色ではありませんでした。次に多かったのがハリー・ポッターで、「グリフィンドール寮の壁にかかってる貴婦人と一角獣だ」「グリフィンドールの談話室の壁紙が貴婦人と一角獣」といった声が続きます。赤地の織物と赤い寮、相性が良すぎる。
そして出るべくして出たのがこのツッコミです。「ユニコーンと一角獣はどっちもユニコーンだよ!!!!!!!」。言われてみればそのとおりで、日本語版のタイトルが「一角獣」なせいで別物に見えているだけでした。
個人的に一番笑ったのは「バンダイに節操がなかったら貴婦人と一角獣にいる動物が全部ユニコーンガンダムになってた可能性がある」というやつです。ウサギもヤギもサルも子犬も全部ユニコーンガンダム。それはもう千花文様ではない。
「元ネタあったんだ」と初めて知った人も、けっこういました。アニメで刷り込まれた絵に500年分の出自があると分かる瞬間はなかなか良いので、パリに行く予定がある人はクリュニー中世美術館を予定に入れてみてください。